文具を中心にした間接材通販最大手のアスクルが、設立10年を機に会計や販売、物流管理などの基幹系システムを刷新し、2009年11月に稼働させた。結果として大成功を収めたが、プロジェクトの途中、数々の難題に見舞われたという。聞き手は本誌編集長・田口 潤 Photo:陶山 勉
- 小河原 茂 氏
- アスクル IT戦略及び営業担当 執行役員
- 1980年4月、日本ユニバック(現日本ユニシス)に入社。1986年6月に情報システム開発会社を共同出資で設立し、取締役就任。2000年1月にアスクルに入社し、2月からプランニングビジネス(情報システム部門)統括に就任。執行役員COO補佐室統括やプロキュアメント・ソリューション事業の立ち上げを経て、2002年11月にアスクル・イープロサービスの代表取締役社長(兼務)に就く。その後、2006年8月にカスタマー・ソリューション(営業部門)執行役員、2008年3月にビジネスプラットフォーム企画開発(IT部門)執行役員(兼務)として、アスクルのシステム戦略をリードしている
──独SAPのERPパッケージ「SAP ERP 6.0」を使って、販売から物流管理、会計などの基幹系システムを刷新したそうですね。きっかけを教えてください。
小河原:一言で申し上げると、従来の基幹系システムでは、売上高2000億円規模の事業を支えるのに、不足が出てきたということです。
──と言いますと?
小河原:当社の基幹系は、1997年5月の設立時にIBMのAS/400上で開発して以来、機能の付け足しを繰り返してきました。そのためプログラムが“スパゲティ”状態で、サービス拡充や業務効率化を目的に周辺システムを導入しようにも、インタフェース開発に時間とコストがかかるようになっていたのです。マスターのコード桁数が足りなくなるといった問題もありました。
──計画的に機能強化や新システム開発をしてきたと思いますが、そうではなかった?
小河原:いえ、もちろん計画的に開発を進めてきました。設立当初はネット受注やコールセンターなどの業務システム。続いて、需要予測システムやデータウエアハウスなどの分析系システム。その後も、仕入先とWeb上で協働しながら最適な調達を可能にする「SYNCHROMART」や、約1500社の代理店と営業情報や与信情報を共有する「SYNCHROAGENT」など、SYNCHROシリーズと呼んでいるシステム群を段階的に稼働させています。
システムと業務の両面で基幹系刷新の機が熟す
──なるほど、業務系システムを順次リリースする中で、10年前に作った基幹系の老朽化が目立つようになったということですね。一方で業務面から、基幹系刷新に対するニーズもありましたか?
小河原:もちろん。特に大きかったのは、管理会計の精度を高めたいというニーズです。ご存じのように、アスクルの事業はオフィス用品をはじめとする間接材の通信販売だけではありません。一括購買サービス「アスクルアリーナ」や個人/個人事業主向けの「ぽちっとアスクル」、間接材購買のBPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)サービス「ソロエル」など、複数の事業を手がけています。これら事業ごとに日々のコスト管理を徹底することに加え、経営判断の指標となる情報をリアルタイムで把握したいという業務面のニーズがありました。
──従来のシステムはそれに対応できなかった。
小河原:売上高などの情報は財務管理システムから簡単に取得できます。しかし、管理会計は詳細な分析データをタイムリーに経営に伝えなければなりません。しかも当社のビジネスは日販なので、現状を正確に把握するには基幹系からデータウェアハウス(DWH)にデータを即時提供することが求められる。そのためには、どうしても基幹系を変える必要があったのです。
基幹系は“ノンコア”ならば、パッケージで
──実際に刷新プロジェクトがスタートしたのは、いつですか。
小河原:要件定義に着手したのは2008年5月。ただ2007年5月には、すでにパッケージの選定に取りかかっていました。リスク評価を終えて経営会議にプロジェクトの提案をしたのが2008年2月頃です。
──最初からパッケージを使うことが前提?
小河原:開発コスト増大とトラブル発生のリスクがあるので、スクラッチ開発は考えられませんでしたね。それに今回のシステムは当社にとってコアではありませんから。
──基幹系は今やコアではないと?
小河原:はい。会計や在庫管理といった基幹系が、企業に不可欠なことは間違いありません。しかし付加価値を生み出したり、競争力を高めるという意味では、SYNCHROシリーズなどの業務系システムこそがコアです。
──ええ、よく分かります。
小河原:競争力の直接的な源泉でないシステムなら、パッケージでまったく問題ないはずです。加えてマスター管理や機能モジュール間の情報連携は整っていますし、会計制度などが変わってもベンダーが対応してくれる利点もある。
──確かに。SAP以外に、検討した製品はありますか。
小河原:もう1つはオラクル製品です。上海アスクルを2006年12月に設立して中国進出したのを機に事業のグローバル展開を目指していますから、今回の基幹系刷新ではグローバル対応が要件でした。そうなると、途端にパッケージの選択肢が減るんですよ。ベンダーの合併買収が進みましたので。
──マイクロソフトのDynamics AXや国産のパッケージは?
小河原:考えてみてください。当社は1本45円のボールペンを販売して、年間約2000億円の売上高ですよ。そのトランザクション量がどれほどのものになるか。
──これは失礼しました(笑)。最終的にSAP製品を選んだ決め手は?
パッケージ選定の決め手は事例の多さとサポート力
小河原:グローバルで事例が豊富な点と、家電量販店など国内の大手流通業が導入済みだったことが大きいですね。高いサポート力が期待できることもありました。
──サポート力といっても、SAPジャパンが全面的にインテグレーションに入るわけではないでしょう?
小河原:それが違うんです。実は今回のプロジェクトでは、要件定義からインテグレーションまでSAPジャパンに依頼しました。
─ 大手のコンサルティング会社やシステムインテグレーターではなく、SAPジャパンとダイレクトに?
小河原:希かもしれませんが、SAPジャパンからオファーがありましたし、SAPジャパンなら自社製品なので最後まで責任を持つという読みがあったのです。逆にインテグレーターの中には、プロジェクトが行き詰ると手を引くところがあるという話も、ちらほらと耳に入ってきていました。
──そんな情報まで“仕入れる”とは、用意周到ですね(笑)。でも、数多くのプロジェクトを手がけるコンサルティング会社やインテグレーターではなく、SAPジャパンとなると、費用面や周りのシステムのインタフェース開発などに不安があったのでは?
小河原:ないとは言えません。ただ、SAPジャパンなら強力な認定パートナーをプロジェクトに参加させるはずだという読みもありました。結果を言えば、直接契約を結んで正解でしたよ。プロジェクトの途中でいくつか難局がありましたが、ドイツにあるSAP本社とのチャネルを活用しながら、しっかり責任を持って遂行してくれました。
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