2006年に脚光を浴びた挑戦的な情報システムがある。2000万ステップにおよぶアプリケーションを、ほぼゼロからJavaで開発したJFEスチールの基幹系システムだ。あれから5年。同社は「20年間使い続けられるシステム」との目標を達成すべくJavaのバージョンアップを敢行。この6月に完了した。 聞き手は本誌副編集長・川上 潤司 Photo:乾 芳江
- 原田 敬太氏
- JFEスチール IT改革推進部長
- 1982年4月、川崎製鉄に入社。同社の水島製鉄所システム室長を務める。日本鋼管との合併で2003年4月にJFEスチールが誕生した後、IT改革推進部基盤グループ長として基幹系システムの統合プロジェクトに参画。リーダーとして新基幹系システム「J-Smile」のインフラ設計や構築をけん引してきた。2011年4月より現職
- 和泉 光雄氏
- JFEシステムズ 東京事業所 販生流システム開発部 基盤グループ 主任部員(主席課長)
- 1991年4月、川鉄システム開発(現在のJFEシステムズ)に入社。関西事業所のシステム技術グループにて、川崎製鉄の本社ホストコンピュータの運用維持や技術分野の業務に従事する。2005年9月から現職。現在は日本鋼管と川崎製鉄の合併で2003年4月に誕生したJFEスチールの新基幹系システム「J-Smile」の情報基盤を所管している
- 津留 真輔氏
- JFEシステムズ 東京事業所 販生流システム開発部 基盤グループ 主任部員
- 2001年4月、エヌ・ケー・エクサ(現在のエクサ)に入社。日本鋼管と川崎製鉄の合併でJFEスチールが誕生したのを受け、新基幹系システム「J-Smile」のシステム間連携基盤の開発を担当する。JFEシステムズがエクサから一部事業を承継したのに伴い、2011年4月にJFEシステムズに転籍。J-Smileの基盤の開発・維持に従事している
─ かつて話題を呼んだJavaの大規模システムをバージョンアップしたそうですね。プロジェクトの話の前に、改めてシステムの概略をうかがえますか。
原田: ご存じの通り、日本鋼管と川崎製鉄が合併して2003年4月にJFEスチールが誕生しました。その際、およそ3年がかりで新規に構築したのが現在の基幹系システムで、「J-Smile」と呼んでいます。
─ 1社の基幹系に片寄せするのではなく、Javaでゼロから作ったのが強く印象に残っています。
原田: M&A(合併・買収)では基幹系を片寄せするという選択肢もありますが、機能の“コブ”を次々と追加してサボテン状になっていた従来の基幹系は新しいITを取り入れにくい構造だったんです。
─ 片寄せで統合しても長持ちしない。
原田: おっしゃる通り。「今後20年間は使い続けられる新しいシステムを作ろうではないか」という意気込みでチャレンジしました。
─ 20年とは…。随分と先まで見据えたものです。
原田: なにしろ事業環境がどんどん変化する時代ですから、確立した業務プロセスを相手にした昔ながらのシステムは、もはや通用しません。
─ 現実に国内需要の頭打ちやM&Aで力を付けてきた海外勢の台頭など、鉄鋼業界が置かれている環境は以前とはまったく違いますね。新日本製鉄と住友金属工業の経営統合が決まって、鉄鋼業界の再編がさらに進む可能性だって否定できません。
原田: 原料メーカーにしても、自動車や電機のメーカーにしても、鉄鋼業界のサプライチェーンは上流と下流で寡占化が進んでます。双方との交渉力を保つ意味でも、(一般論として)鉄鋼業界に統合の動きが出ることに不思議はありません。
将来を見据えJavaを採用
2000万ステップを独自開発
─ 話は戻りますが、J-Smileの構築にJavaを採用したのはなぜでしょう。
原田: Javaは成長の途上でしたが、20年使える技術が何かを考えたときに、将来性が高く有望な選択肢でした。加えて、Javaでの大規模開発となれば、若い技術者が前向きな気持ちでプロジェクトに挑んでくれるだろうと判断してのことです。
─ なるほど。
原田: 基幹系をWebベースのシステムにするという狙いもありました。例えば、鉄鋼業は商社から注文を受けるのですが、(運用保守の面から)発注用のプログラムを各社に配信して利用してもらう仕組みは避けたかった。もっとも、複雑な表計算が必要な入力画面など一部はCurlで開発したリッチクライアントを用意しましたが、大半はJavaとHTMLで構成しています。
─ 別の選択肢として、ERPパッケージもあったかと思います。
原田: 現在ならERPパッケージも選択肢の1つになるかもしれません。しかし、当時は鉄鋼業の要件に見合うものがありませんでした。そのため鉄鋼業版のERPに相当するシステムをJavaで独自開発したわけです。
─ 購買や販売など基幹系の機能はどれもJavaで用意した。
原田: ええ。購買や経営管理、鉄鋼業の中核である「販生流」のうち販売と物流のシステムは全面的にJavaで再構築しています。ただし、製鉄所の生産システムに関しては自動化機器まで連動する確立したシステムになっているので、大幅な改修はしていません。
─ それでも開発規模はかなり膨らんだでしょう。
原田: 全体で約2000万ステップといったところです。金額にすると、経理システムなどを含め約300億円を投じました。
アプリサーバー更新に伴いJavaを1.4版から6版に
─ 今回は、その2000万ステップにおよぶJavaのアプリケーションをバージョンアップしたわけですね。きっかけは?
和泉: アプリケーションサーバーに使っている日本IBMの「WAS(Web Sphere Application Server)V5.1」がサポート切れを控えていたからです。ベンダーのサポートが受けられなくなったシステムは、ともすれば塩漬けになってしまいがちです。しかし、J-Smileにそれは許されません。
原田: 社内だけで使うシステムならともかく、顧客企業もWeb経由で利用するJ-Smileは最新の状態に保つ必要があります。顧客企業が新しいパソコンに入れ替えたら使えなくなったというわけにはいきませんから。
和泉: そのためWASをV7.0にバージョンアップし、それに伴ってJavaのバージョンを1.4から6に上げました。
─ ところで、変なことを聞きますが、Javaのバージョンアップって本当に大変なのですか。Javaで開発した大規模システムのバージョンアップについて聞く機会があまりないので、正直なところあまりピンときていません。
原田: 私も国内で先例があれば話を聞きたいと思っていたんです。しかし、残念ながら、トライした企業が見当たりませんでした…。何が大変かというと、Javaはバージョン間の互換性が必ずしも保証されていない点です。非互換が多ければ、それだけ修正に労力を要します。
津留: しかもJavaはバージョンが1.4から1.5に上がったとき、大幅に内容が変わっています。1.5から6への変更はそれほど大きくなかったものの、対象となるJ-Smileのアプリケーションの規模が2000万ステップですから、最初は何から手を付けたらよいものか…。バージョンアップの話が持ち上がった際には「これは大変なことになった」と思いました。
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