株価偏重の経営によって社会や環境が被る弊害が叫ばれて久しい。しかし、代替案はなかなか見つからなかった。米国でようやく、そうした議論に風穴を空ける新たなビジネスの枠組みが整いつつある。
多くの企業は長年、株主の利益を最大化することを第1のミッションとしてきた。社会への貢献、そして従業員への福利は二の次。環境やコミュニティへの貢献、社員の福利を重視しすぎて利益を損なうようなことになると、経営陣はその責任を株主から厳しく追及されることになる。
しかし過去を振り返ると、市民の犠牲の上に企業が利益をむさぼって社会に大きな被害をもたらした例は、洋の東西を問わず枚挙にいとまがない。多種多様な公害病や欠陥車による事故、ガス漏れによる中毒死や火災、欠陥住宅…。“想定外”の原発事故もその1つと言えるかもしれない。
米国において、こうしたひずみを直視し、株価至上主義から脱却しようという動きが出てきた。「株主への還元も重要だが、社会への貢献を優先すべきである」という考え方が次第に強まっているのだ。
ただしもちろん、非営利組織ばかりでは資本主義は機能しない。ある程度の競争原理が必要である。そこで登場したのが、2つの新しいタイプの企業だ。「Benefit Corporation(Bコープ)」と「Flexible Purpose Corporation(FPC)」である。
利益追求から社会貢献へ
Bコープとは、経営の意思決定に際して利益だけでなく環境問題やコミュニティ、従業員、サプライヤーに配慮している企業のこと。非営利団体であるB Lab社が認定する。B Labは5つの視点から企業を評価(表1)。200点満点のうち80点以上を獲得した企業を、Bコープとして認定する。2011年12月14日時点で、488社が同認定を取得済みだ(図1)。表2に、認定企業の例を示す。
Bコープはすでに、公的な位置づけを獲得しつつある。メリーランド州は2010年4月、Bコープを正式な法人格として認めた。これにバーモント州が続き、2011年10月にはカリフォルニア州がBコープの登記を開始。現在のところ、6つの州がBコープを正式に認めている。さらに、5つの州で議案が提出中だ。
Bコープには、株主以外のステークホルダーに対する配慮のほか、企業活動の透明性を確保することが求められる。具体的には、第三者機関であるB Labによるアセスメント結果を開示。さらに、会計年度末から120日以内に、その年度に実施した社会と環境への貢献活動を報告書にまとめて公開しなければならない。
一方のFPCは、株主利益に優先する目的を掲げることを法的に認められた企業である。ただしそうした目的は、社会やコミュニティ、環境問題に貢献するものでなければならない。例えば、「低学歴者や失業者を社員全体の○%雇用する」といったことである。FPCは自社の目的を登記書に明記するほか、それをどのように達成したかを年次報告書で開示する義務がある。2011年10月、カリフォルニア州が全米に先駆けてこのFPCを立法化した。
高まる新興企業の存在感
BコープやFPCは、従来の利益追求型企業と非営利組織の中間に位置する新しい企業形態である。資金調達はうまくいくのか。そんな疑問が浮かぶかもしれない。答えは「イエス」だ。BコープやFPCは社会貢献を優先するものの利益も生み出すので、金融市場から資金を調達できる。オープン性や社会貢献度に秀でた企業を評価する投資家は増えるだろう。現に、Omidyar Network社(eBayの共同設立者であるPierre Omidyar氏が創設した投資会社)のように、FPCを積極的に支援する動きはある。うまくいけばIPOも可能だ。
法的な裏付けは整いつつあるし、資金調達の道筋もある。新たに生まれた企業形態は、株主からのプレッシャに疲れた既存企業にとっても希望の光になり得ることは想像に難くない。
しかし、既存企業がBコープあるいはFPCとして登記し直すのは現実的には難しい側面もある。株主の3分の2の同意が必要だからだ。一方、スタートアップであれば話は早い。最初から、BコープあるいはFPCとして登記すればよい。新たな市場を創出して経済を活性化させるだけでなく、行きすぎた株価至上主義に歯止めをかける。スタートアップ企業には、そんな役割が期待されている。
- 山谷 正己
- 米国Just Skill, Inc.社長/名桜大学客員教授/IT Leaders米国特派員
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