我々アナリストはレポートを書く機会が多い。リサーチノート、ホワイトペーパー、寄稿記事、文献・書籍など、さまざまなレポートの執筆を要求される。現在は、社内外での情報発信の場も増え、研究者だけでなく、エンジニアや一般のビジネスマンにおいてもレポートを書く機会が増えている。そこで今回は、ビジネス文書としてのレポートを書く際のテクニックを紹介したい。
世の中に流通する文章には、媒体によっては一定の「かたち」がある。新聞記事を見てみると分かり易い。まず、ヘッドラインに目を引くような「見出し」がついて、事実関係が述べられる。この時、基本的に重要な情報を先にもってきて、後ろに行くほど周辺的な情報となる。限られた時間に、優先度に応じて情報を伝えるように配慮しているからである。メディアは読者に手にとって読んでもらうことでビジネスが成り立つ。だから見出しは、関心を誘うインパクトのある言葉が用いられる。
ビジネスレポートの「かたち」
ビジネス文書としてのレポートはどうあるべきだろうか。これにも「かたち」はある。文章構成は、リード(導入)、ボディ(本文)、コンクルージョン(結論)とするのが一般的であろう。必要に応じて、この冒頭にハイライト(要点)やサマリー(要約)を加えたり、アペンディクス(付録)を付けたりする。不慣れな人が書く文書は、こうした構成ができておらず、読む気を損ねることが多い。一定の「かたち」を成していることは、文書として読んでもらえる条件と言って良い。いくら内容が素晴らしくても、読んでもらえなければ意味はない。
リードは、展開したい論述の概要や経緯を説明する部分だ。目的は、読者を円滑に本論に導くことにある。背景説明、現状認識、課題提起、仮説起案などを記述する。本論の展開に先駆けて、論じるテーマやスコープについても、明確化しておきたい。特に「なぜそれを論じるのか」について、説明を加えておこう。読者の思っていることは、書き手が考えていることと多かれ少なかれ異なるので、ここで露払いをしておく。例えば、「クラウド市場は年平均成長率30%で拡大しており、多くの企業が導入検討を開始しています。そこで本稿では……」という具合である。
ボディでは、メッセージとその根拠を述べる。レポートである以上は、何らか伝えたいメッセージがあるはずだが、それには多少なりとも論拠が必要だ。但し、メッセージといっても、主張、見解、意見、示唆などさまざまな形態がある。必ずしもあっと驚くような斬新な見解や膨大な根拠データに裏打ちされた主張でなくても良い。読者に何らかの気付きを与えられれば十分価値はある。
コンクルージョンで、それまで述べたことを要約し、コアメッセージを示す。ここで結論の表現の仕方にも様々ある。例えば、結論が、何らかの取り組みの重要性を訴える内容だったとしよう。結びに使われる用語は、「…しなければならない」「…すべきである」「…が必要である」「…が求められる」「…が推奨される」「…が望まれる」「…は軽視できない」「…を視野に入れたい」「…検討の余地がある」と多彩だ。伝えたい内容についての作者の微妙な意図や機微のさまが表現される。こうしてみると、日本語の持つ語彙の幅広さと情緒の深さに改めて気づかされる。
執筆前に6割完成
さて、レポートを下準備なしでいきなり書き出す人もいるが、私はより多くの時間を準備に充てるようにしている。その方が、読ませるレポートを合理的かつ短時間に書くことができるからだ。準備とは、すなわち「論点」「コアメッセージ」「論理構成」を明らかにする作業だ。
まずは、論じるテーマとスコープを設定する。書き始めはおおよそ自分でも何が言いたいのか分かっていない。思いつくままにフレーズをノートに箇条書きしたり、マインドマップで整理したりする。すると、何がテーマ設定として相応しいか検討を付けやすくなる。重要なのは想定読者をイメージすることだ。例えば、経営者を読者として想定するなら、技術論ではなくビジネス論にした方が良いだろう。読者目線で論点を絞り込むことで、大きく的を外さずに済むのである。
次に、コアメッセージの明確化だ。想定読者に最も伝えたいことは何かを文章に起こしてみる。贅肉をそぎ落として「一言でいえば○○」というレベルにまでコアメッセージを絞り込む。そうすると論述の軸足が定まり、話の脱線やミスリードを避けることができる。
メッセージが明確になれば、その主張に信憑性を持たせるための根拠付けが必要だ。統計データを用いる、事例をあげる、権威のコメントを引用するなどの方法がある。結論を導くロジックが妥当であるほど、レポートの信頼性は増す。よく見られるのは、結論を導く論理に漏れ抜けがあったり、自己矛盾したりしているケースだ。論理構成にあたっては、MECE(構成要素が重複せずに網羅的であるさま)を意識しておきたい。
論理構成ができたら、内容を幾つかの塊に分けて、リード、ボディ、コンクルージョンに小見出しをつける。ここまでが「準備」作業となるが、当方の経験では、この段階でレポートはすでに6割程度完成したと言ってよい。あとは、小見出しに合わせて執筆するだけだ。書き終わったら最後に、腹落ちするかどうか、論理構成が適切か、言葉遣いが適当か、冗長的な箇所がないか、メッセージが伝わるかといった観点からセルフチェックする良いだろう。文の書き方も、例えば単語の配列や組み立て方で読み手の印象は大きく変わってくる。これには、本多勝一著「日本語の作文技術」が参考になるので、興味のある方は読んでみて頂きたい。
評価されるレポートとは、腹落ちするメッセージがあるかどうか。これは、対象分野において熟考を重ねていたかどうかで左右されるし、準備段階でのインスピレーションが物を言う。常日頃からアンテナを伸ばして情報収集し、考えるくせを付けておきたい。仮説なくして検証はできない。インプットなくしてアプトプットはない。
ちなみに私は仕事柄、IT系のリサーチぺーぱーを書く機会があまりにも多いことに辟易している。だから、時々思い立ったようにプライベートで、詩や俳句、短編小説などを書くことがある。するとストレスが解消されて、すこぶるいい具合である。この連載を引き受けたのも、専門のITから離れて好きなテーマで自由に書けるからだ。必ずしもレポート形式をとっていないのには、こうした事情があるのでご理解頂きたい。
株式会社アイ・ティ・アール
プリンシパル・アナリスト
金谷敏尊氏
アウトソーシング、データセンター/BCP、システム運用管理/ITサービス管理、仮想化/クラウド管理の分野を担当し、ユーザー企業におけ るIT計画立案、インフラ構想化、RFP策定/ベンダー選定、TCO分析などのコンサルティングを数多く行う。http://www.itr.co.jp/
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