多くの企業が、データ分析/データ活用に期待するものの、残念ながらデータ分析への取り組みでは、まだまだ失敗事例も多い。多くの原因は、データ分析の目的やゴールをきちんと検討しないまま、データ分析作業を進めてしまうことにある。特に製造業においては、そのビジネスの展開領域が幅広いだけに、何の業務を対象に、どのような分析を実施すべきかを事前に、十分に検討する必要がある。
本連載では製造業を、食品や衣料、医療機器、製鉄や化学製品など幅広く捉えている。完成品の姿は様々でも、その製造プロセスは、製品企画、製造、販売/利用という意味では共通だ。ただデータ分析が効果を発揮するポイントは、どのような製品を、どういった方法で製造し、誰に販売するのかなど、改善すべき業務によって異なってくる。
第1回となる今回は、製造業におけるデータ分析における2つのタイプを示し、データ分析と技術トレンドによって変革する製造プロセスの全体像を紹介する。以後、2つのタイプのそれぞれについて、製造業におけるデータ分析の現状と今後を説明した後に、データ分析によって製造業がどのように変化していくのかを述べていく。
IT技術の変革が製造業のデータ分析の姿を変える
製造業におけるデータ分析は、昨日今日に始まったわけではない。製造現場にある機器にセンサーを取り付けてデータを収集し、故障検知や生産性向上のために利用されている。統計的手法を用いた最適化技術も古くから適用されている。さらに、そうした製造業のデータ分析をより進化させるだけのIT技術の変革が今、起こっている。
その1つが、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)の広がりである。家電や自動車などの製品に搭載した各種センサーから、これまでは収集が難しかった製品販売後のデータをリアルタイムに収集できる。家電の使用状況を基に故障時期を予知したり、自動車の運転状況を踏まえて保険料を変更したりといった新たなサービスの提供が可能になるなど、製品のライフサイクル全般を通して、顧客との関係性を保ち続けられるわけだ。
もう1つの変革は、ビッグデータ処理技術の発展である。大量データの迅速な処理が難しいことから活用し切れなかったデータが、Hadoopやインメモリー技術などのビッグデータ処理技術の発展によって活用できるようになってきた。
具体的には、数分単位でしか収集できなかったデータをミリ秒間隔で収集できたり、画像や音声といったデータも活用できるようになったりしてきている。高度なデータ分析が可能になれば、設備の動作異常時の原因分析などに役立てられるとの期待が高まっている。
精度追求と速度重視で異なるデータ分析
これからの製造業におけるデータ分析を考える上で重要なことは、対象とする業務によってデータ分析に求められる成果の特性が異なることの理解である。
製造業におけるデータ分析には、大きく2つのタイプが存在する。(1)製造現場の生産性改善や品質の向上をテーマとする「精度追求型」と、(2)顧客向け業務の高度化や拡販施策の検討をテーマとする「速度重視型」である(図1)。
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(1)精度追求型データ分析
製造現場の生産性改善や品質の向上をテーマとする精度追求型のデータ分析では、分析精度がROI(Return of Investment:投資対効果)に直結する。そのため、コストや生産性のモデルを、時間をかけてでも緻密に構築し、高い精度で分析結果を出すことが求められる。
例えば、製造現場においてエネルギー消費量を最適化する場合、各製造工程でのエネルギー消費量を調査し、それを基にエネルギー消費モデルを構築する。このモデルを用いて、どのような製造計画の際にエネルギー消費量を最小にできるかを算出する。
製造機器のセンサー等を用いて故障を検知する場合なら、時系列データやログデータから異常を発見するために、正常な状態と異常な状態のモデルを構築する。センサーから収集したデータをモデルに適用することで、異常をいち早く検知できるようになる。
これらのデータ分析で得られた結果は、製造現場の生産性向上につながりコスト削減に直結する。分析結果に基づく改善では、製造工程や製造計画に対する変更が必要になり、変更のためのコストが発生する。分析結果によっては、改善どころか改悪になってしまうリスクさえ潜んでいる。それだけに精度追求型のデータ分析は、重要なビジネス課題の1つだといえる。
(2)速度重視型データ分析
顧客向け業務の高度化や拡販施策の検討をテーマとする速度重視型データ分析では、分析精度がROIに直結することは少ない。高い精度よりもむしろ、スピード感を重視し、短いスパンでPDCA(Plan-Do-Check-Action)のサイクルを繰り返し、売り上げ改善や顧客満足度向上に取り組むアプローチを採ることが多い。
例えば、家電などの一般消費者向けの製品を製造している企業におけるクレーム分析では、顧客から寄せられた問い合わせデータを蓄積し、頻出キーワードの抽出や類似ワードの関連付けといったテキスト処理を実行する。結果はコールセンターで類似事例の検索に利用し、顧客からの問い合わせ対応に活用する。
この時、類似事例であるかどうかを厳密にモデル化するよりも、分析結果を直ぐに業務に適用できることのほうが価値は高い場合が多い。なぜなら、顧客からのクレームの内容は、時間とともに変化しやすく、状況によって内容に差異があるからだ。時間をかけて精緻なモデルを構築しても、その間にモデル化対象が変容してしまうため、その変化に追従できず、結果としてモデル構築に費やした時間に見合う精度が得られないことが多い。
時間をかけ過ぎると、施策を検討・実施する時期が遅れ、ビジネスチャンスを逃してしまうリスクも高まる。流動的でモデル化しにくい部分を踏まえて施策を判断する必要がある。
精度追求型と速度重視型のどちらでデータを分析するかは、その目的やゴールによって変わってくる。また両者は、完全に切り分けられるわけではなく、精度とスピード感の両面が求められる場面もある。その場合は、これら2つのタイプのバランスをとりながら活用しなければならない。
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