[架け橋 by CIO Lounge]

ローマ帝国に学ぶITの役割

CIO Lounge 事務局長 橘高政秀氏

2022年7月1日(金)CIO Lounge

日本を代表する百戦錬磨のCIO/ITリーダー達が、一線を退いてもなお経営とITのあるべき姿に思いを馳せ、現役の経営陣や情報システム部門の悩み事を聞き、ディスカッションし、アドバイスを贈る──「CIO Lounge」はそんな腕利きの諸氏が集まるコミュニティである。本連載では、「企業の経営者とCIO/情報システム部門の架け橋」、そして「ユーザー企業とベンダー企業の架け橋」となる知見・助言をリレーコラム形式でお届けする。第3回は、CIO Lounge 事務局長の橘高政秀氏からのメッセージである。

 表題から読者は、コラムの内容を想像していただけたでしょうか。むしろ違和感を感じられたかもしれません。それについては本文を読んでいただくとして本題に入りましょう。

 私は住友ゴム工業という会社で複数の仕事を務めてきました。その1つとして、IT責任者だった期間は、会社が海外に拠点を展開する時期と重なっていました。必然的に海外の新設5工場へのERP導入や4工場のERP更新、8つの販社へのERP更新・導入を担いました。

 やみくもに更新や導入を進めたわけではありません。グローバル企業としてのあるべき姿を、ない知恵を絞りながら考えました。そんな時、知ったのが1500年もの長きにわたって国を維持したローマ帝国です。ローマ帝国の施策の中には現代のグローバル企業に通じるものがあり、ITが担うべき役割があると思ったことを、今も鮮明に記憶しています。今回はローマ帝国の領土統治の施策のうち2点を取り上げます。

 1点目はインフラ整備の重要性です。「すべての道はローマに通ず」という言葉は、皆さんも聞いたことがあるでしょう。ローマ帝国は、欧州を流れるドナウ川/ライン川(黒線)の境界線から西を統治しました(図1)。そのために領土内に網の目のように道路を作っています。領土外からの侵略、もしくは領土内の反乱があった場合、ローマから直ちに軍隊・戦車を現場に送り込めるよう、石畳でしっかり作られた道でした(写真1)。

図1:ローマ帝国の主要街道。黒い線が欧州を流れるドナウ川/ライン川(出典:ローマ街道 - ウィキペディア日本語版 2022年6月25日 15:25 日本時間、黒い線は筆者加筆)
写真1:アッピア街道(出典:ローマ街道 - ウィキペディア日本語版 2022年6月25日 15:25 日本時間)

 「現場の変化」をすばやく察知し、対処する仕組みを用意していたわけです。これを現代に当てはめるべく別の言葉で表すと、(1)分散した事業を情報で集中化する(=ネットワーク整備、統合DB)、(2)集めた情報で迅速な意思決定ができる(=見える化、分析)、(3)決定された意思が末端まですばやく伝わり行動できる(=コミュニケーション、ガバナンス整備)という仕組みだったと言えます。

 この文脈の中で、いくつか注意すべき点があります。ローマ時代には「現場の変化」とは、領土外からの侵略、領土内の反乱が主なものだったと思われます。では、現在の企業における「現場の変化」とは何かという点がその1つです。競合他社の動きや消費者の動向などが相当すると考えられますが、ITでの把握はかなり難しい面があります。そこでまずは、自社活動をモニタリングし、自社の「現場の変化」を見つけることが重要だと思います。変化を捕捉するには基準値が必要ですし、その上で行動につなげるには同時に因果関係のモニタリングも大事です。

 意思決定については、ローマでは共和制になったり帝政になったりと紆余曲折がありました。しかし迅速で適切な意思決定こそが重要な部分だったことは変わらなかったでしょう。これを現代に当てはめると、ITで集めた情報のどれをだれにどう提供し、そして意思決定につなげるようにするかが、IT部門の腕の見せ所です。これをデザインするのは簡単ではなく、IT責任者を務めた当時、私もかなり悩みました。一方で醍醐味でもあったと感じています。

 2点目は、すぐれた標準を行き渡らせることです。ローマ帝国は、各地にローマと同じ構造・機能を持った要塞都市を建築し、それが国力の維持に貢献しました、現在の欧州の主要都市はローマ時代の要塞都市だったところが少なくありません。ケルン(ドイツ)、リヨン(フランス)、バレンシア(スペイン)、ブタペスト(ハンガリー)、ベオグラード(セルビア)、アレキサンドリア(エジプト)などです。ローマと似た機能を持った要塞都市が各地につくられ、現在の都市へと発展したのです。

 では要塞都市とはどんな機能を備えていたのでしょうか? 図2にあるように、城壁、水道橋、中心の広場、公共浴場、食堂、市場などです。ローマ人の飲料であったワインも、欧州各地に広まりました。ベストプラクティスを標準として配置したことが、各地の居住環境や文化レベルを高めることにつながったのだろうと思います。

図2:ローマ帝国の都市設備(出典:『ローマ人の物語』塩野七生著、新潮社)

 ITの役割の1つとして、業務の標準化を支援することがあります。ただ、この支援の仕方については、同じERPを各拠点に導入するというやり方が本当によいかどうかを考える必要があると思います。プロセスを標準化するのか、情報を標準化するのかの判断が大事になってくるのです。ローマ帝国もローマの標準をやみくもに強制したわけではない。異教徒を認めたり、現地リーダーを残したりして個別対応したからこそ長く繁栄できたのではないかと想像します。

 コロナ禍で海外出張が制限されている中でも、グローバル企業の営みを止めることはできません。このような時期であるからこそ事業のインフラであり、標準の展開手段としてのITの役割は重要性を増しています。ITの差が企業の差となっていると考えることもできます。デジタル対応はとても大切ですが、それ以上にインフラや標準を担うITの役割と全体のデザインを今一度、考え直すべきかもしれません。


●筆者プロフィール

橘高 政秀(きったか まさひで)
1981年、住友ゴム工業入社。情報システム部で13年SE業務に携わる。1989年住友ゴムの親会社である英国ダンロップを買収したことにより、グローバルのIT統合の案件に携わる。その後、購買部、人事総務部への異動を経て、2008年に新設されたIT企画部の部長に就任。急速に進めた海外進出をITでサポートしていくことを中心に活動。2021年1月に退職し、CIO Loungeの事務局長。趣味は、テニス、読書とお酒(特に日本酒)。

※当コラムはCIO LoungeのWebサイトにも同時に掲載しています。


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