[架け橋 by CIO Lounge]

DXの“X”に欠かせないリーダーシップを考える

日本ペイント コーポレートソリューションズ 常務CIO 石野普之氏

2022年11月2日(水)CIO Lounge

日本を代表する百戦錬磨のCIO/ITリーダー達が、一線を退いてもなお経営とITのあるべき姿に思いを馳せ、現役の経営陣や情報システム部門の悩み事を聞き、ディスカッションし、アドバイスを贈る──「CIO Lounge」はそんな腕利きの諸氏が集まるコミュニティである。本連載では、「企業の経営者とCIO/情報システム部門の架け橋」、そして「ユーザー企業とベンダー企業の架け橋」となる知見・助言をリレーコラム形式でお届けする。今回は、日本ペイント コーポレートソリューションズ常務CIOで、CIO Loungeメンバーの石野普之氏からのメッセージである。

 筆者のIT Leadersとのお付き合いは2009年に遡ります。事務機メーカーで9年に及んだ米国駐在から帰国し、グローバルITガバナンスと戦略企画の責任者をやっていたころです。当時、《私の本棚》というコーナーがあり、そこで『Flight of the Buffalo』写真1)を紹介しました。

写真1:『Flight of the Buffalo』(James A.Belasco/Ralph C.Stayer著、Rarewaves-USA刊、1994年)

 直訳すると「バッファローの飛翔」。妙なタイトルですが、組織を違う次元に引き上げるリーダーシップについて書かれた本です。ご存じのとおり、バッファローは群れで行動する動物であり、群れを率いる1頭のリーダーに他の個体はひたすらついていきます。これに対し、空を飛ぶ雁の群れはV字飛行している先頭のリーダーが疲れたら、他のメンバーが常にそのポジションを引き継ぎます。

 本書は長く苦しい旅路には雁のリーダーが適することから、企業や組織においてもリーダーが交代する雁型が強いことを説明し、バッファローの階層型管理から雁のチーム型管理に進化するべきと提言。そのための事例、方法やチェックリストを解説しています。米国駐在時には大統領のように強いリーダーシップで牽引する話を見聞きすることが多かっただけに、「こんな考えもあるのだ」と奥の深さに驚くと同時に、日本人にはなかなかバッファロー型は馴染まないので、「雁の群れにできたら」などと考えて紹介しました。

 前置きが長くなりましたが、今回はこのリーダーシップについてです。『Flight of the Buffalo』以外にも、リーダーシップについてはいろいろと学び、また研究しました。旧聞に属しますが、2015年にあったラグビーワールドカップの予選リーグで、日本代表が南アフリカ代表をラストプレイで破っただけでなく、予選プールで3勝1負という奇跡の結果を残したことを、ご記憶の読者がおられるかも知れません。ラグビーブームの火付け役にもなった、ファンにはとても嬉しい結果でした。

 実は筆者は2017年、この奇跡を起こした当時の日本代表ヘッドコーチ、エディ・ジョーンズ氏と一緒に講演に登壇することになり、しかも講演前に控室で2人きりになる機会に恵まれました。そこでエディさんに、リーダーシップについて聞いてみたのです。彼が言うには「リーダーにとって大切なことは2つあると思います。目的地、つまりどこに行きたいかをクリアにすること、それと目的地をメンバーに分かるように伝えることです」とのことでした。

 リーダーならだれしもTo Be(目的)を描くでしょう。しかしそれだけではだめで、組織に浸透させるまで繰り返し伝えることが欠かせないというのです。当時、これを聞いて腹落ちし、心に刻んだことを覚えています。特に日本人は同じ言葉を話す気楽さや漫画やアニメも定着しているので、文字入りの綺麗なポンチ絵をPowerPointなどで作って、To Beを示せば十分と考えがちです。

 しかし、この種のポンチ絵は一見分かりやすいのですが、背景や経緯がうまく伝わらず、人によって別の理解や解釈を引き起こすリスクが大きいという問題があります。だから繰り返し話し、時には聞くなどして分かるまで伝える必要があるのです。

 余談ですが、エディさんとの会話はとても有意義でしたが、オーストラリアのタスマニア州出身で発音が聞き取りづらく、何度も聞き直しました。講演でも同時通訳の方が戸惑うシーンがあり、聴衆の多くもが通訳機を使っていました。あの英語でコーチングされている日本代表メンバーのヒアリング力はすごいなと思ったのも覚えています。

 リーダーシップに関しては、デジタルトランスフォーメーション(DX)の先駆けとなったGEデジタルのビル・ルーCEO(当時)との会話も忘れられません。ただし反省の意味で、です。2016年に米国出張した時に、ビルさんにお目にかかる機会があり、その時、ビルさんは「古いGEという会社にGEデジタルが横串を通し、デジタルの会社に変革していくんだ」と、とても力強くお話してくれました。その考え方にほだされた私はまず形からということで、帰国後すぐに「自分の組織の名称をデジタル推進本部に代えさせてほしい」と、社長に懇願しました。

 翌年4月の組織改革のタイミングで願いが聞き入れられ、それこそ、今でいうDXをドライブしようと意気込みました。もっとも2017年頃はまだデジタル推進やDXという言葉はメジャーではなく、「石野は何をやるつもりなんだ?」と、部下も含めて多くの周辺の人がいぶかったのではないかと思います。

 GEデジタルはその後、苦難の道を歩んでいますが、私自身も先を急ぐあまり、部下や周辺の人たちの理解を不十分なままにした面があります。「分かるように伝える」のはとても難しいと反省しきりです。

●Next:経営陣や社員が“X”に苦労する背景

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