日本を代表する百戦錬磨のCIO/ITリーダー達が、一線を退いてもなお経営とITのあるべき姿に思いを馳せ、現役の経営陣や情報システム部門の悩み事を聞き、ディスカッションし、アドバイスを贈る──「CIO Lounge」はそんな腕利きの諸氏が集まるコミュニティである。本連載では、「企業の経営者とCIO/情報システム部門の架け橋」、そして「ユーザー企業とベンダー企業の架け橋」となる知見・助言をリレーコラム形式でお届けする。今回は、関西外国語大学 非常勤講師でCIO Lounge正会員メンバーの四本英夫氏からのメッセージである。
私は、ほぼ一貫して情報セキュリティ分野の仕事に従事してきました。サイバー攻撃に対して情報の漏洩・改竄を防御する、あるいはシステムを利用したい時に利用できるよう可用性を確保するなど、情報・データやシステムの防護に関する役割を担ってきました。
しかし企業や組織の本質的な目的は情報やデータを守ることではなく、それらを活用して効率的、あるいは創造的な事業活動を展開することです。例えばマーケティング分野では、どんな属性の人が、いつ、何を、どこで購入しているかなどの情報を入手・分析。新商品やサービスを開発したり、サプライチェーンの効率化を工夫したりしています。
本稿では、そうした企業の目的や仕事からいったん離れ、一般個人の視点で情報との向き合い方について考えてみます。最近、非常に興味深い書籍に出会ったので、ぜひとも皆さんと共有したいと思いました。その書籍は、鳥海不二夫・山本龍彦著『デジタル空間とどう向き合うか 情報的健康の実現をめざして』(日経BP 日本経済新聞出版、画面1)です。
アテンションエコノミーがもたらす危うい状況
まず皆さんは、情報をどのように入手し、どう取り入れているでしょうか。そこにはどんな課題や問題があるでしょうか。
インターネットの発達により、現在ではあまりに多くの情報が存在しているため、すべての情報を吟味し、どの情報を信用して意思決定するべきかを見極めることは困難です。その結果、デジタル空間ではフェイクニュースやデマなどのさまざまな問題が生じていますが、「この問題を技術的に解決するのは困難だ」と同書の筆者は述べています。
単に情報が多いから問題が生じているわけではありません。根底には、人間が先天的にもつ脆弱性とアテンションエコノミー(関心を競う経済)があります。人は必ずしも正しい情報を求めているわけではないし、正しい情報が示されたとしてもだれもが正しい考え方に至るわけではありません。これが脆弱性です。
もう1つのアテンションエコノミーは、利用者の関心を集めて広告を閲覧させるような仕組みを指します。インターネット以前は、テレビや新聞・雑誌などの媒体を認識して情報を得ていました。ネット時代では、情報ポータルサイトからアクセスし、媒体単位ではなく、記事単位で閲覧することが普通になりました。その結果、個々の記事で関心を引くことが広告モデルでは重要になりました。
さらにSNSなどのプラットフォーマーが力を持つようになります。多くの人は賢くなりたいとか深い知識を得たいという以上に、楽しむために情報を得ています。SNSにある情報が本当かどうかは二の次で、ただ面白いから話題にしたり拡散したりします。そのような正しい情報を求めていない人たちと、関心を得ることによって経済的インセンティブがあるデジタルプラットフォーマーとの融合によって、さまざまな社会問題が発生しうる、と筆者は論じています。
このようなエンターテインメントとしての情報消費のことを「ソーシャルポルノ」と呼んでいます。この問題はSNSなどのプラットフォームに限りません。多くのメディアもアテンションエコノミーに支配されているので、SNS同様に危うい状況にあります。アテンションエコノミーの下では、企業もメディアも、エンターテインメントを求める人々の心情に応える方向にシフトしていきます。
デジタル空間が個人の感情や思考をハックする
現在では、以下に示すような現象が生まれ、さらなる問題が発生しています。
①マインドハッキング
AI技術などを用いたプロファイリングによって、個人の政治的信条はもとより、感情や心理的側面などを非常に高い精度で分析・予測できるようになりました。その結果、個人の感情や思考が容易に「ハック」され、操作されるようになりつつあります。
②フィルターバブル
時間は有限ですから、人は多くの情報を得ているようでいて、実は特定の情報だけを取得する傾向があります。欲しい情報だけがフィルターを通過し、欲しくない情報は遮断されるのです。加えてアルゴリズムは個人ごとの好みを分析し、それに基づいた情報を優先的に表示します。結果的に自分が見たい情報しか見なくなってしまいます。
③エコーチェンバー
接触できる情報を制限する現象のことです。閉鎖空間でコミュニケーションがこだまのように繰り返され、特定の信念が増幅されていきます。例えば、「新型コロナワクチンを接種すると不妊になる」という情報を信じている人同士での情報交換が活発になり、「そうではない」という情報が受け入れられなくなったことは、記憶に新しいでしょう。
情報の摂取は食事と似ています。人は栄養を獲得し、健康維持のために食事を摂りますが、一方で楽しみのために食べることも多いです。実際、おいしいものを食べると幸せになります。しかし、どんなおいしいものでも、そればかり食べていると健康を害します。
情報摂取には、新たな知見を得て賢くなるという側面があります。一方で欲求を満たす、つまり楽しみのためという側面もあります。しかし情報摂取には私たちが食事をするときに働かせているような“抑え”は存在しないか弱く、毎日好きなものばかり食べている状態に近いのではないでしょうか。
●Next:情報摂取でも偏食を避け、バランスを考慮する
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