[オピニオン from CIO賢人倶楽部]

自動車産業の構造変化と日本のデジタル競争力

CIO賢人倶楽部 アドバイザー 有吉和幸氏

2023年9月19日(火)CIO賢人倶楽部

「CIO賢人倶楽部」は、企業における情報システム/IT部門の役割となすべき課題解決に向けて、CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)同士の意見交換や知見共有を促し支援するユーザーコミュニティである。IT Leadersはその趣旨に賛同し、オブザーバーとして参加している。本連載では、同倶楽部で発信しているメンバーのリレーコラムを転載してお届けしている。今回は、CIO賢人倶楽部 アドバイザーの有吉和幸氏によるオピニオンである。

 2016年から数校の大学で自動車産業について講義する機会をいただいている。目的は学生の就職活動への情報提供と、少しでも社会や会社の仕組みを理解してもらうことだ。講義内容は「デジタル化の本質と自動車産業の構造変化について」である。

 年単位の講義なので、講義資料は1年ではそれほど大きく変える必要はなく、販売台数などの年度情報を更新していけば次年も使えるだろうと考えていたが、現実は違った。デジタル技術や自動車産業の状況は、毎年どころか日進月歩で大きく進化するので、結構な更新作業が必要になるのである。それはそれで楽しいのだが、気になる点が2つある。変化の速さと、日本の対応力である。

CASEの進展に見る、自動車ビジネスの急速な進化

 まず変化の速さについて、自動車産業の変化を表す「CASE(Connected、Autonomous、Shared & Services、Electric)」というコンセプトで見てみよう。C・A・S・Eそれぞれの分野で取り組みが進展し、相互に作用し進化のスピードが加速している。

 まずElectric(電動化)。2020年にトヨタ自動車が時価総額で米テスラ(Tesla)に抜かれた時、両社の世界販売台数はそれぞれ1074万台と36万台だった。欧米中韓でEV化が進んだ2022年におけるトヨタとテスラの世界販売台数は1051万台と137万台。テスラの伸張が目立つ。

 それはさておき自動車メーカーの販売台数ランキングを自動車全体とEVのみで比べると、全体ランキングの日本メーカーのシェアがBYD(比亜迪)をはじめとする中国系メーカーに置き換わった形となっており、EVでの日本の出遅れが目立つことが分かる。それだけEVが伸びているのだ。

 次にAutonomous(自動運転)。当初は車両の性能や機能だけではなく法的整備が必要なため、すぐには普及しないと考えられていた。2021年に本田技研工業がレベル3(特定条件下の自動運転)の車を世界で初めて発売したことに驚いたが、車から人への主導権の適切な移管の問題からレベル3の流れはあまり広がっていない。

 2023年の今は自動運転というよりは運転補助機能を充実させる競争になっている。完全自動運転はレベル4(決められた環境下での完全自動運転)で実現し適応環境を拡大していく戦略だ。また米サンフランシスコなどでは完全無人タクシーの24時間営業が認められた。こうした動きの中、テスラは販売済みの実車から得られるデータで自動運転を学習し続けているが、日本メーカーは学習のためのデータ収集が課題である。このため海外メーカーとのアライアンスが必要だ。

 そしてShared & Service(サービス領域)。日本では車のサブスクなどのサービスは提供されているが、破壊的イノベーションはまだ起こっていない。海外ではもはや当たり前なのに、である。インバウンドの拡大からタクシーの運転手不足が問題となっている今こそ、タクシーを呼ぶだけの配車サービスではなく、Uberのような本来のライドシェアが必要である。既得権益を守るか、破壊して新しい価値を提供するか高度な判断が求められる。

 最後にConnectivity(つながる)。 IoTにより車はより賢くなり、社会や生活と車がつながり内外の色々なデータが使えるようになった。車が走る情報端末や走る蓄電池となってきた。目立つ何かが急進展しているわけではないが、車の価値が変わってきている。

 100年に1度の変革の中にある自動車メーカーの中で各社の戦略は異なる。トヨタはモビリティカンパニーを標榜し、「未来を予測するよりも変化に対応できることが大切」と選択肢を増やす全方位戦略をとる。逆にホンダはEVに絞り込んだ戦略をとろうとしている。EV戦略の問題は、モノやコトは着実に進化しているが、海外と比べるとバッテリーへの投資が少なく、対応スピードの遅さが目立つ。

日本のデジタル競争力は「強みを伸ばす」方向で!

 ここで自動車業界から離れて産業界を俯瞰すると気になることがある。デジタル競争力が毎年、低下し続けていることだ。スイスIMDの世界デジタル競争力ランキングの推移を見ると、日本は2021年が28位、2022年は29位となっている。以前まで筆者は、日本におけるデジタル化は製造業ではある程度進んでおり、遅れているのはサービス業なので、それらを合わせた日本の順位を分析してもあまり意味がないと考えていた。

 しかし毎年、順位が落ちているとなると、製造業も相対的に落ちてきていると理解するほかない。経産省のDXレポートが指摘した「2025年の崖」以来、DX関連や基幹システム更新への投資は2~3倍になったようだが、それでも順位は落ちている。DXの技術スキルは63カ国中62位、データ分析の活用は63位だ。インフラやロボットなどの投資は行われているが、俊敏な意思決定は63位という結果だ。

 このような結果になっている日本特有の理由を考えると、目的(困りごと)の差だと考える。アナログ品質に問題があった海外ではアナログ作業を捨てるためのデジタル化が行われ、ソリューションとして新価値が提供された。アナログ品質の良い日本では現行価値を最大化するデジタル化が行われている。作業の効率化や製品の機能向上を目的にした近視眼的な価値提供である。これらは顕在化している課題の解決のためなので、分析の必要もあまりない。

 こう考えると、日本のEVへの出遅れ問題も当然かもしれない。海外ではハイブリッド車の性能や機能が良くなく、選択肢はEVに絞られた。対する日本では、ハイブリッド車の品質・機能が良く技術的にも進んでいた。それがガソリンを使うハイブリッドも2030年代には販売できなくなる流れが主流となり、大幅に遅れて日本のEV化が動き出した。デジタル化の遅れと構造が似ている。

 ではどういう方向に向かえばよいだろうか。海外の後追いをしても追いつけないので意味がない。そうではなく、目的がはっきりしないカタチだけのDXや今の弱さを改善するDXに終始せず、強さを生かすDXに取り組むという発想の転換が必要だ。そのためには違いや良さを分析・把握し、良さを強化する取り組みが必要だと思う。

CIO賢人倶楽部
アドバイザー
有吉和幸氏

※CIO賢人倶楽部が2023年9月1日に掲載した内容を転載しています。


●筆者プロフィール

CIO賢人倶楽部(CIOけんじんくらぶ)
http://cio-kenjin.club/
大手企業のCIOが多数参加するコミュニティ。企業におけるIT部門の役割やIT投資の考え方、CEOをはじめとするステークホルダーとのコミュニケーションのあり方、デジタルトランスフォーメーションに向けたこれからの情報システム戦略、IT人材の育成、ベンダーリレーション等々、さまざまな課題について本音ベースでディスカッションしている。

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