ITコスト削減への要請は年々強まっている。一方で、IT活用をさらに進めなければ、グローバル競争に立ち後れる─。多くのIT担当者が直面するジレンマだ。リコーは、これを運用コストの抜本的見直しで乗り越えつつある。 聞き手は本誌編集長・田口 潤 Photo:陶山 勉
- 石野 普之 氏
- リコー IT/S本部 IT/S企画センター 所長
- 1984年、リコーに入社。99年まで主に社内の設計支援システムの企画、開発運用に携わる。2000〜2008年、米国統括販売会社における基幹システムの企画・開発・運用を担当したほか、業務改革の推進をリードした。2009年1月に帰国後は、グローバルITガバナンスやIT戦略を担当している。
- 吉﨑 裕朗 氏
- リコー IT/S本部 IT/S企画センター 戦略室 シニアスペシャリスト
- 1996年、リコーに入社。社内の設計支援システムの開発運用に携わる。2006年に総合経営企画室にて戦略的目標管理制度の運営を担当した後、2008年12月にIT/S本部に帰任。 今回のCOREsプロジェクトでは、ITコスト可視化プロセス構築、グループ関連会社展開の推進リーダーを務める。
- 山本 純一 氏
- リコー IT/S本部 IT/S企画センター 戦略室 スペシャリスト
- 1989年、リコーに入社。社内の設計支援システムの開発運用やグループウェアの展開に携わる。2000〜2007年、欧州統括販売会社に赴任。欧州内のインフラ構築支援やISMS構築を推進した。COREsプロジェクトでは、本社のコスト削減活動を推進したほか、海外展開を担当。
- 萩原 あゆみ 氏
- リコー IT/S本部 IT/S企画センター 戦略室
- 2008年、リコーに入社。IT/S本部の業務プロセス改善活動に携わる。2009年から、戦略室にてCOREsプロジェクトを担当する。国内関連会社へのコスト可視化・削減活動の展開や、コスト削減手法の標準化やマニュアル作成、教育を担当している。
─ ITコスト構造を抜本的に見直し、大きな成果を挙げつつあると聞きました。
石野: COREsプロジェクトのことですね。
─ まずは、背景から教えてください。
石野: リーマンショック以降の景気低迷を受けて当社はここ数年、IT投資を抑制する傾向にありました。ただ、ここで1つ課題があった。新規投資をどう維持・拡大するかです。コスト削減が必須だからといって新規投資を圧縮すると、ITが新しい価値を生み出せなくなってしまう。ひいては、事業の成長機会を逃すことになりかねないんです。
─ ユーザー企業の多くが、同じ壁に突き当たっています。
石野: 目を付けたのが、当たり前といえばそうですが、運用コストです。これを削減して、浮いた分を新規投資に回す。そうすれば、新たな価値創出を妨げることなく、全体としてのIT投資を削減できる。これが、COREsプロジェクトの大元の考え方です。
─ IT投資とひとくくりにしてざっくり削るのではなく、メリハリをつけようということですね。
石野: ええ。2009年9月ごろにプロジェクトを立ち上げ、2011年3月までに、運用周りへの投資を3割削減することを決定。吉﨑、山本、萩原の3人を推進チームにアサインしました。
野心的な目標設定で抜本改革狙う
─ わずか1年半で、運用コストを3割削減する。しかし当然、サービスを停止したりはしない。非常に意欲的な取り組みですよね。
石野: 実はこのプロジェクトを構想する前に、「ITコストを毎年5%ずつ減らしていこう」という取り組みを実施したんです。それが、開始してすぐ達成できてしまったんですよ。
─ え?ずいぶんあっさりですね。どうやって?
石野: ちょっと言いにくいんですが、単純にベンダーとの値引き交渉の結果です。
─ つまり、ベンダーに泣いてもらったということ?
石野: まあ、そういうことです。それではおもしろくないでしょ?というか、ベンダーに値引きさせるだけではコスト構造は変わらないので、一時しのぎに過ぎません。運用投資を最適化するには、もっと思い切った策が必要だった。
─ それで3割という数字を打ち出したと。ただ、5%はともかく3割となると、現場担当者からの反発がかなりあったのではないかと想像します。吉﨑さん、どうでしたか?
吉﨑: おっしゃる通り、半端じゃない突き上げを喰らいました。「3割という数字に根拠はあるのか」「私たちに仕事をするなって言うのか」などなど。
山本: 現場には、「運用コストは固定費。削りようがない」という思い込みが強かったんですね。吉﨑や私も現場経験がありますから、そういう気持ちはよく分かります。
─ 「人もモノもすでにあるのに、どうやって減らすんだ」と。
山本: そう。そこで、運用コストを可視化することから始めました。どこにどんな業務があって、どれだけ費用がかかっているかを明らかにする。そこから、「ここに手を打てるのではないか」という削減チャンスをが見えてくる。そう考えたんです。
3カ月に1度、削減状況をチェック
─ 具体的に、何をしたんですか。
吉﨑: 毎月予算を計上しているシステム案件をすべて洗い出し、まずは新規開発か運用保守かに切り分けました
─ 3割削減するのは大変だから、「この案件は新規開発だ」と言い張るところもあったのでは。
山本: それはなかったですね。というのも、新規開発案件には、別の縛りを設けていますから。ROIできっちり管理しているんですよ。明確な効果を提示できなければ、りん議を通りません。
石野: どっちに転んでも、いばらの道だということです(笑)。
─ 厳しいですね(笑)。それで?
山本: そうして切り出した運用業務をさらに、アプリケーションやインフラ、管理など、我々推進チーム側が定義した15項目に分類してもらいました。
─ 分類対象となった運用業務はどれくらいあったんですか。
吉﨑: 4000〜5000件ほどです。
─ え、そんなに。分類にはどれくらいかかったんですか。
吉﨑: 年度末の2010年3月には、なんとか結果が集まりました。
─ 可視化が一通り終わった。でも、それだけでは3割カットにはならないですよね。そこから、どこをカットするかというシビアな話が始まったはずだ。
山本: その通りです。2010年度に入ってからは、案件ごとに具体的な削減策を検討してもらい、それを3カ月に1度チェックするという作業を開始しました。
─ チェックって、何をするんですか?
山本: グループごとに運用にかかる工数や単価をちゃんとマネジメントできているかを見たんです。各マネジャーに進捗状況を説明してもらい、本部長や石野を含めた我々推進チームが「ここはこうすればもっと絞れるんじゃないか」と指摘するんです。
石野: 例えばサーバー運用業務ならば、サービスレベルの見直しから。本当に24時間365日の監視体制が必要なのか、監視をスポット契約にしたらどんな不利益があるのか。そういったことを、突き詰めて考えてもらいました。
─ そこまで詳細にチェックしたんですか。
石野: はい。サーバー統合によるコスト削減策についても議論しました。1台の高性能サーバーにすべてを統合することがベストとは限らない。むしろ、機種や冗長化の有無、運用レベルなどによって「松・竹・梅」というふうにランク付けしたサーバー環境を用意。システムの性格や求められる性能に応じて統合先を選ぶ、というやり方のほうが理にかなっている。そんな指摘をしました。
─ 確かに。高い処理性能を求められるシステムと、さほどCPUパワーを必要としないシステムを1つのサーバーに同居させるのは、かえって非効率かも知れませんね。ほかには?
石野: 運用委託先のエンジニア単価ですね。
─ 再度値引きを要求した?
石野: いいえ、そうではありません。当社は、上級SEや中級SEといったランクに応じてITエンジニアの標準単価を設定しているんですよ。ところが、そのルールが形骸化していた。
─ 形骸化というと。
石野: 10人ほどで回している運用業務に、プロマネランクの単価を支払っているエンジニアが3人いる、といったことが常態化していたんです。確かに、その3人はプロマネ資格を持っているのでしょうが、実際にマネジメント業務にあたっているのは1人のはずでしょ? そういう無駄は排除しなければ。
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