[ものづくりからことづくりへ、製造業に迫るサービス化の波]

センサーデータ使いモノをサービスに変える─顧客にモノを使った”快適さ”だけを提供

第3回 進化するサービス(3)Preemptive Serviceモデル

2014年8月5日(火)山田 篤伸(PTCジャパン)

「ものづくり先進国」を掲げる日本の製造業に、変革を求める風が吹いている。製品の利用体験を顧客に提供する「サービスファースト」の考え方が広がってきたためだ。本連載では、これまでの「ものづくり」中心から、利用体験価値を提供する「ことづくり」への変革に向けて、製造業がどんなサービス提供モデルを確立するべきかを考えていく。前回は、製品が壊れる前に対応する「Preventive Maintenanceモデル」を取り上げた。今回は、それをさらに推し進めた「Preemptive Service(preemptive:先取り・先制攻撃)モデル」について解説する。

 製造業のサービスモデルとして、第1回で「Break/Fixモデル」を、第2回で「Preventive Maintenanceモデル」の、それぞれを紹介した。Break/Fixは「壊れたら直す」モデル、Preventive Maintenanceは「壊れる前に直す」モデルである。

Preemptive Service モデル

 今回取り上げる「Preemptive Service(プリエンプティブ・サービス)モデル」は、製造業におけるサービスモデルにおいて、Preventive Maintenanceの“次”に来るだろうと言われている。Break/Fix モデルと Preventive Maintenance モデルが、いわゆるアフターサービスであるのに対し、Preemptive Serviceモデルはアフターの概念がない「サービス」である。

 Preemptive Serviceモデルでは、メーカーは製品を販売するのではなく、製品を使ったサービスを販売する。すなわち、「モノを売った“後(アフター)”に提供するサービス」ではなく、最初からサービスそのものを販売する。そこでの製品は、サービスに付随して納入される“モノ”に過ぎない。

 一般にPreemptive Serviceモデルでは、製品はメーカーが所有し、メーカーの責任で保守/メンテナンスや運用管理を実施する(図1)。利用者からすれば、製品を利用することで得られる価値、例えば自動車による「移動」や空調機器による「快適さ」などだけを享受する。修理のためにメーカーとやり取りしたり、利用できない時間が発生したりするといった“面倒さ”から利用者を積極的に解放することから、「Preemptive Service(先制サービス)」モデルと呼ばれている。

図1:製品の所有から利用へ、メーカーと消費者の役割分担が変化している図1:製品の所有から利用へ、メーカーと消費者の役割分担が変化している
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 Preemptive Service モデルの実施例に、米Ingersoll Rand傘下で空調機器事業を担うTraneでの取り組みがある。ビルの空調制御そのものを請け負い、ビルの管理会社が実施するよりも快適な環境を、より低いエネルギーコストで実現するというサービスを提供している。具体的な決算情報は公表されていないが、Traneのサービス売り上げは、2008年から2011年の3年間で5倍に伸び、2014年時点では収益の 20%を同社が「パフォーマンス・サービス」と呼ぶ Preemtpive Service が稼ぎだしている。

センサーでビル全体の状況を把握し空調を制御

 Trane の展開する Preemptive Service は、ビルのあちこちに埋め込んだセンサーを使ってビル全体の状況を把握し、空調機器を細やかに制御することで、冷暖房に必要なガスや電気の購入量を削減し、ビルオーナーに直接的な利益をもたらすというものだ。

 Traneは、ビル用暖房機器のメーカーとして1913年に設立された。1980年代までは、販売した暖房機が壊れたら修理するBreak/Fixモデルでサービスを提供していた。

 しかし1980年代には、Preventive Maintenanceモデルに移行した。暖房器具の予防保全を実施し、機器が壊れずに稼働し続けることを保証したのだ。ビルのオーナーからすれば、Trane のサービスを受けていれば1年を通してビルの冷暖房器具が壊れないため、テナント(店子)に喜ばれ空室率が改善することにつながる。

 そのTraneがPreemptive Service モデルに踏み込み始めたのは2000年ごろからである。現在のサービス契約では、Traneとビルのオーナーは、削減できた暖房費をあらかじめ取り決めた比率で分配し双方が利益を得る成功報酬型のビジネスモデルを採っている。ビルのオーナーにすれば、より安い冷暖房費でビルの屋内環境を、これまで以上に快適に維持管理できるのだから、願ったり叶ったりというわけだ。

 別の例に、航空機用のジェットエンジンがある。ジェットエンジンは現時点で、最も高価で複雑な機械製品の1だが、製品の販売ではなく特殊な課金体系を採用した商流がビジネスの主流となっている。

 具体的には、英ロールスロイスが提供する「Power by the Hour」と呼ばれる課金体系で、ジェットエンジンの稼働時間と出力の積から料金を徴収する。そこでのジェットエンジンは、モノとしての販売もリースもされない。航空会社は「ジェットエンジンの推力」だけを購入するわけだ。

 航空業界は厳しい規制で縛られている。特に航空機の安全に関しては、万が一の事態を防ぐために、着陸後に厳密な整備を実施しなければならないと定められている。しかし、航空会社からすれば、機体整備のためにかかる時間(AOG: Airplane On the Ground)は、旅客も荷物も載せておらず、何の利益を生み出していない。

 航空機が買い取りであれリースであれ、整備のために利益を生み出せない時間が発生しているのだから、その間まで、その原因をもたらすジェットエンジン・メーカーにお金を払いたくないというわけだ。

センサーデータは料金計算のためだけではない

 Power by the Hourは、水道・ガス・電力といったユーティリティー業界の課金モデルに近い。「使った分だけ料金を支払う」モデルである。我々、一般消費者は日常、電気を使うのに発電施設や送電施設がどのように維持管理されているのかを意識することはない。実際に使った電力量に対し料金を支払っている。

 Power by the Hourでも、航空会社の運行計画に従って必要な数の「整備済みエンジン」を提供するのはロールスロイスの責任である。その際、消耗品や交換部品をどれだけ用意し、何人の整備士を整備現場に配置するかは、メーカーの裁量であり航空会社は感知しない。ここにメーカーがPreemptive Serviceモデルで利益を高められるかどうかの鍵がある。

 例えば、ロールスロイスは、Power by the Hour を実現するため、ジェットエンジンのあらゆる場所に様々なセンサーを搭載し、飛行中の様々なデータを取得・蓄積している。だが、このセンサーデータは使用料金の計算だけに使っているわけではない。

 データから実際の飛行経路と燃料消費量などを分析し、航空会社の飛行計画やフライトパターンを勘案しながら、飛行計画の変更やフライトパターンの見直しを航空会社に提言する。ロールスロイスは、「快適さ」と「情報」の2つのサービスを提供していることになる。

 航空会社にすれば、メーカーの提言を受け入れることで、ジェット燃料費の削減や整備時間の短縮といった実利を期待できる。一方でロールスロイスは、より大きな利益を航空会社にもたらすことで、他社との差異化につなげられる。

 Preemptive Service モデルは、ジェットエンジンやビル用空調施設といった複雑で高価な装置だけで採用されているわけではない。もっと身近で一般的な製品でも採用され始めている。米マサチューセッツ州ボストン市が提供する自転車の貸し出しサービス「Hubway」が、その一例だ。

 Hubwayでは、利用者は登録したクレジットカードを使って、市内数カ所に設置されたHubwayステーションから、いつでも自由に自転車を借り出せ、使い終われば、別のHubwayステーションに乗り捨てればよい。

 借りた場所に返さなくても良いため、地下鉄やバスといった公共機関と組み合わせれば、従来よりも自由に市内を移動できる。2014年2月現在、Hubway ステーションは市中心部に26カ所設置されている。その利便性から今後の利用者の増加が見込まれている。Hubway同様の取り組みは、フランスのパリやベルギーのアントワープのほか、国内でも一部の自治体で始まっている。

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