[ザ・プロジェクト]
情報の共有から始まった“住まい手”重視の一気通貫システム―積水ハウス
2016年10月12日(水)佃 均(ITジャーナリスト)
積水ハウスが先に発表した2017年1月期通期業績予想は、売上高2兆円(前年度比7.6%増)、営業利益1750億円(同16.9%、営業利益率8.75%)。5年間で売上高は5000億円、営業利益は倍増と好調が続いている。快進撃の要因は様ざまだが、それを支えるのは営業からアフターサービスまでCADを中心とした様々なデータを共有する“住まい手”重視のIT基盤だ。
建設業界でただ1社、2年連続で「攻めのIT経営銘柄」に選定された評価対象は、「邸情報一気通貫システム」だ。受注した個々の建造物について、CADを中心とした様ざまな情報を、営業から設計、生産、輸送、施工、アフターメンテナンスまで一気通貫で共有する。執行役員・技術業務部長の雨宮豊氏は「それによって業務の生産性向上による工期短縮とコスト削減が実現しました。顧客満足も向上し、建築現場の仕事の仕方も変わりつつあります」と説明する。
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最初に「邸情報一気通貫システム」プロジェクトのプロセスを整理しておくと、発端は独自の住宅設計用CADシステム「SIDECS」(シーデックス)の運用が始まった2000年にさかのぼる。2010年にCADデータ(邸情報)を全社で共有する邸情報戦略プロジェクトがスタートし、2013年のiPad導入で営業・施工の現場に展開、2014年に当初計画されていた基幹システムの構築を確認してプロジェクトは一旦終了した。
会見でトップがITを語る時代
9月9日、東京・霞ヶ関で行われた2017年1月期中間業績の記者会見。ここでも阿部俊則社長が「邸情報一気通貫システム」に触れ、「これからもITの利活用に積極的に取り組んでまいりたい」と力を込めた。業績発表会でノンIT企業の経営トップがITを語る。そういう時代になったということだ。
経営におけるITの成果を尋ねると、即座に返ってきたのは「いちばん大きいのは、現場で何が起こっているかが見えるようになってきたこと」だった。「もう一つは、全社に“住まい手指向”が定着したこと」とも言う。つまり経営の見える化と顧客満足の向上だ。ITの効用に確とした指針を持つ経営トップ、その下でIT戦略を担うリーダーは、さぞかし大きなプレッシャーを感じているのではあるまいか。
「達成度はやっと60%ぐらい」-会見後に聞き出した阿部社長の言葉を伝えると、雨宮氏は「まだまだやれる、もっと頑張れ、の意味と理解しています」と笑う。8年に及ぶ一気通貫システムのプロジェクトを通じて、信頼関係ができているようだ。
雨宮氏は、日本ユニシスの技術をベースに同社独自の機能を追加した住宅設計用CADシステム「SIDECS」(Sekisuihouse Integrated Design System for Customers Satisfaction)の開発と運用にかかわっていた。この職歴が、一気通貫システムに取り組む背景となっている。
技術マニュアルをなんとかしたい
「最初は技術マニュアルを電子化したい、ということでした」と言って見せてくれたのは、2010年まで現場で使われていた技術マニュアルだ。最初はすっきり・きっちり製本されているが、新しい部材や工法が追加されると、現場の設計技術者はダウンロードしてプリントアウトした紙をページとページの間に差し込み、糊で貼っていく。ゴワゴワに分厚くなるだけでなく、人によって差し込む場所が違う。更新された情報を見落とすこともある。しかも引き出しに入れられてしまうので、どうなっているのか誰にも分からないことがある。
それを元に設計図を描いたり見積もりをすると、あとで廃止された部材が使わていることが発覚し、規格に合わないようなことが起こる。営業、設計、施工のプロセスで齟齬や誤解が発生する。ばかりでなく、工場で改めて生産データを起こすので、食い違いが拡大する。見積もりや工期がいつまでも確定しない。これはまずい。
雨宮氏が阿部社長に「営業、設計、工場、施工、サービスの壁を取っ払って、SIDECSのデータを共有できるようにしたい」と提案したのは、阿部氏が社長に就任した直後だった。最初の「本の電子化」は2,400万円の予算だったが、「本だけじゃなくて、お客様と事業所にメリットを生む全社共通のプラットホームにできないか」とあれこれ付け加えていくうち、開発予算は80億円に膨らんでしまった。当時の検討プロジェクトが「こりゃぁ絶対にダメだろうな」と思ったのは、リーマンショックの影響で業績がガクンと落ちていたためだ(2009年1月期の売上高は前年度比10.6減%の1兆3,531億円、営業利益は378億円の赤字)。
おそるおそる企画書を提出したところ、阿部社長の返事は「なんで今までできていなかったんだ」だった。その場でプロジェクトがスタートしたといっていい。「阿部社長は直感的に、社員のマインドを変え、モチベーションを高めるにはIT活用だ、と考えたんでしょうね」
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