[木内里美の是正勧告]

俯瞰デザインの不在がIT投資の膨大な無駄を生む

京都市のシステム刷新失敗やワクチン予約の混乱などに触れ、改めてデジタル庁に期待したいこと

2021年5月20日(木)木内 里美(オラン 代表取締役社長)

この国で生活していて、仕事をしていて、さまざまな問題を耳目にする日々である。コロナ禍以降、デジタル化が進んだ領域もあるのだが、問題は一層増えているような気もする。いずれにしても、日本のデジタル力の惨状には目を覆うばかりで、そのほとんどが「俯瞰デザイン」の不在に依ると考えている。今回は、京都市の基幹系システム刷新プロジェクトの失敗やコロナワクチン予約の混乱などに触れながら、2021年9月に始動するデジタル庁に、改めて期待したいことを述べてみる。

システムオーナーの主体性とベンダーマネジメントの欠如

 「京都市のシステム投資100億円が無駄に!」──2020年末、こんな刺激的なタイトルの報道記事が注目を集めた。すでに100億円近くを投資した基幹系システムの刷新プロジェクトを、京都市が中断することを決めたという。

 理由はこうだ。コロナ禍を受けて国のデジタル対応の遅れが露呈。行政システムの大幅な見直しをすることになり、自治体システムの標準化を進める方針も打ち出された。このまま進めても、標準化対応のために再度の改変が必要になる可能性があるので一部を中断した──。

 しかし、背景をいろいろ調べてみると、これは都合のよい言い訳にしか聞こえない。京都市のシステム開発は当初からトラブルが続き、稼働の延期を重ねて、そして無駄な投資も重ねてきたボロボロの開発プロジェクトだからだ。メディアなどに露出している情報から、ざっと概略をまとめると次のようになる。

 京都市が福祉系や税、住民基本台帳系といった18業務のための基幹システム刷新を開始したのは2014年のこと。COBOL系のメインフレームで30年間稼働してきたバッチ処理中心の基幹システムをオープンシステムに移行するものであり、2017年に稼働させる予定だった。しかし81億円を投じても稼働できずに2016年に開発を中断。ベンダーとの契約を解除し、後に相互が訴訟する訴訟問題になっている。

 2018年に仕切り直して、新たなベンダーを公募入札で選定。稼働を2020年~2021年に変更してプロジェクトを再開した。それが稼働直前の2019年に一部を除いて再び延期されることになった。2020年9月には、一部機能を除いて基幹業務システム刷新中断することを表明した。もう少し詳細な情報によると、オンライン系のシステムは、ポルトガルで設立され、現在は米国ボストンに本拠を置くOutSystemsのローコード開発ツールで開発が進んだようで、一部は稼働しているという。トラブルが続いているのは、バッチ処理のシステム関連のようだ。

 このプロセスで、素朴な疑問がいくつもある。例えば、時代に合わなくなったシステムをなぜ30年間も使い続けたのか? なぜ6年間もズルズルと刷新プロジェクトを続けたのか? 一度は仕切り直したのに、なぜ同じ事態に陥ったのか?──といったことだ。そもそも開発が長期にわたるようなプロジェクトの成功確率はきわめて低い。基幹システムとはいえ、2年以内に姿が見えないものは諦めて再設計したほうがいい。

 詳細な実態がわからないので断定はできないが、少なくともシステムオーナー側に主体性があったとは考えられない。ベンダーマネジメントさえしていないのは、プロジェクト進捗管理まで外注していることから推測できる。当然、時代を先取りしたシステム仕様のデザインができていたとは考えにくい。

そもそも開発が長期にわたるようなプロジェクトの成功確率はきわめて低い

 時間軸も含めて全体感を持ったデザインを、筆者は「俯瞰デザイン(Overlooking Design)」と呼んでいる。俯瞰デザインでは、アーキテクチャも処理プロセスもUI/UXもデータの活用や連携も、さらには移行プロセスも網羅的にデザインされていなければならない。京都市のケースは、それがないままマイナス要素が重なっていき、膨大な無駄が生じた典型的な事例だと思う。

バラバラな行政システムやデータの実態と無駄

 中央省庁や自治体などの行政機関は、いったいどこを向いて開発計画を立てているのだろうか。目的の主体は国民であり自治体の住民であるから、目的を外さなければ仕様は必然的に標準化されていくはずだ。京都市が刷新しようとして頓挫した福祉系と税と住民基本台帳系などは自治体によって大きな違いがあるはずもない。マスターデータも標準化して統一できるし、統一した標準システムが作れるはずだ。

 しかし、一部に共同システム化した例外はあるものの、各行政機関はずっと個別に作ってきた。不要な工数をバラバラに費やし、膨大な開発費や運用費の無駄を積み重ねてきたのである。穿った見方をすると、ベンダー保護のために配分調整をしているかのようだ。統一してしまったら、大手ベンダーも地域の中小ベンダーも圧倒的に発注案件が激減してしまう。

 それだけではない。自分たちの仕事作りのため、レゾンデートル(raison d'etre:存在意義)が目的になっていないかと思われる節もある。なぜなら、データの活用も考えないままシステムを作り、役に立たないデータを収集している省庁がたくさんある。オープンデータ活用の流れで一部が公開されるようになったが、網羅性や精度に欠けるデータが累々と集積されている。最初からデザインもデータマネジメントも考えていないから役に立たないのも当然だが、結果的に自らの不毛の仕事を作っている。

 この傾向は、民間企業でも部門ごとのシステム作りをしていた時代にはよく散見された。情報ガバナンスが浸透するに従って、このような無駄な投資はかなり減ってきた。例えば、かつて銀行の勘定系システムと言えば、文字どおり銀行のコアな業務システムだったし、各行が独自に構築し後生大事に運用してきた。しかし特にシステムコスト負担に耐えられなくなった地方銀行では、2000年半ばごろから勘定系システムの共同化が進んだ。

 すでに70%ほどの地方銀行が共同化に参加しており、地方銀行の経営統合や再編につながっている。現在は共同化センターを運営する複数のベンダーごとのシステムだが、強い再編需要に伴ってさらに標準化や連携が進んでいくだろう。必然的に統合化された環境に向かっていき、バラバラな無駄も解消されて行くかもしれない。資金にまだ余裕のあるメガバンクは相変わらずだが、それでもATMを共用する動きは始まっている。

ワクチン接種予約を筆者が体験、予約できた期日は7月末

 行政における直近の話題と言えば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン接種予約がある。医療関係者の接種がまだ道半ばである一方で高齢者向けの接種を並行して開始し、2021年7月末には終えるように進める方針を提示したために予約の混乱が始まった。受付は電話かWebからの申し込みに限られ、当初は電話もWebもつながらないという、よくある事態が発生した。

 身内や周囲の人が総出で予約に走ったし、なかには「海外からならつながりやすい」とばかり、海外からの予約に挑戦したような笑えない話もある。通信キャリアは逼迫を避けるために通信制限を余儀なくされた。予約開始は市区町村によって異なり、自治体によって1カ月くらいの差があるから、自分の居住地区のWebサイトで確認する必要がある。Webで確認、予約できるのは確かに便利だが、高齢者に一様にこれを求めるのは無理がある。「最初から、だれかが手伝うだろう」という発想でできているのだろう。

 筆者も対象者の1人なので当該のWebサイトから予約してみた。送られてきたクーポン券を見ながら希望する接種会場やメールアドレスやパスワードを入力。すると、予約開始から2週間経っていたこともあり、1回目の接種可能日時がすぐに表示された。ただし最速でも7月末日である。1回目の予約が済むと2回目の予約に進むことができ、3週間後の日時が表示されて予約完了となった。

●Next:ワクチン予約システムでも混乱、始動を控えたデジタル庁に何を問うか

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