[木内里美の是正勧告]

病棟管理のデジタル化を観察して見えてきた現実と展望

医療現場のデジタル化は進んでいるのか?[後編]

2021年7月26日(月)木内 里美(オラン 代表取締役社長)

ビジネスの高度化と消費者のニーズが相まって、多くの産業分野でデジタル化が進んでいる。小さな商店でも電子マネーに対応するところが増えているのは、その証だろう。医療分野も同様のはずだが、実際はどうか? 最近、筆者は医療の現場をつぶさに観察する機会があり、医療のデジタル化についてじっくり考察してみた。前編「歴史と現状」に続く後編「見えてきた現実と展望」をお届けする。

[前編]医療のデジタル化の歴史と現状はこちら

ダヴィンチをはじめとした最新のデジタル医療を体験

 筆者は2021年3月から4月にかけて、大きな手術を伴う39日間の入院を経験した。消化器系の疾患だったが、手術以外に完治の方法がないと言われ、まったく症状がなく手術も急ぐものではなかったが、いずれは手術が必要なので仕事のスケジュールを調節して入院治療することにした。

 それは貴重な体験と病棟現場でのデジタル化の実態を知るよい機会になった。入院には前もってPCR検査や問診やさまざまなプロセスがあり、入院と同時に患者IDがバーコードで表示されたリストバンドが付けられる。入院当日と翌日は絶食して事前のさまざまな検査を受ける。

 手術は開腹することなくオペを行う手術支援ロボット「ダヴィンチ(Da Vinci)」(写真1)によるものだったので、10時間も要する手術をロボットでできる時代なのかと驚きもあった。ダヴィンチは開発されて20年ほどの歴史があるが、近年では適用範囲が広がり、複雑な手術にも使用できるようになって先端医療技術というより汎用化されてきている感がある。これもデジタル技術の1つの結晶のように思う。

写真1:最新のダヴィンチサージカルシステム(出典:日本ロボット外科学会)

 手術室に入ると、ダヴィンチらしき機器を認識できないまま点滴やバイタル情報収集のセンサーなどが取り付けられ、その後、全身麻酔で呼吸も人工呼吸に変わるので意識はまったくなく、オペの様子は微塵もうかがい知ることはできなかった。麻酔から醒めたのはICU(Intensive Care Unit:集中治療室)。映画やTVで見るICUが、大部屋で絶えず人が動いていて結構騒々しいところだと初めて知った。

病棟では膨大な紙文書を要するが、合理的でもある

 幸い、長時間の麻酔による合併症の妄想症は出ず、朦朧とした意識の中で一晩を過ごして翌日病室に運ばれた。しばらく静養かと思いきや、その日から立ち上がることや歩行運動することが求められ、消化器の吻合部が壊れたりしないのかと心配になるほどだ。

 術後の痛みは強力な鎮痛剤で抑制しているようで、耐えられないようなことはまったくない。開腹手術ではないので傷もほとんどない。病室には輸液やバイタルの検査を行いに、看護師が頻繁にやってくる。病棟内を移動するナースカートはノートPCや検査・処置に必要な機器を満載している。

 ナースカートのPC画面には電子カルテの基本情報と連携している病棟管理システムが立ち上がっていて、病棟・病室ごとの患者の情報がすぐにわかる(画面1)。ここでもID管理は厳格で、入院期間はリストバンドが診察券代わりだ。看護師はハンディターミナルを常に携行し、何かの行為をする前に看護師のIDと患者のIDをそれぞれ読み取り、点滴などの薬のバーコードも読み取って無線で情報を伝送している(写真2)。それでも、毎回本人の名前と誕生日を口頭で伝えるというアナログとの併用だ。

画面1:病棟管理システムの画面例(出典:レゾナ)
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写真2:患者IDリストバンドによる管理(出典:Zebra Technologies)

 筆者が入院した病棟には40人ほどの患者がいて、看護師は昼間が10人ほど、夜が半分くらいで患者をケアしている。ナースセンターには病棟担当の医師も常駐し、常に電子カルテで患者の情報を把握している。

 一方で、紙で処理されるプロセスも多い。外来診療では予約表、診察票、問診票、画像撮影などのための指示票、領収書などが紙で処理される。院内薬局で処方される場合は薬の写真と説明が書かれている書類(薬情と呼ばれる薬剤情報提供書)が発行される。

 外来診療に比べると、病棟で使われる紙の量はおびただしい。入院に際しての承諾書や入院同意書、入院診療計画書をはじめとして、各種の問診票、輸血および血漿分画製剤に関する説明書・同意書、身体抑制に関する説明書・同意書、術式に関する説明書・同意書、診療に関する包括同意書、各種検査に関する説明書・同意書、麻酔や鎮静に関する説明書・同意書など。本人の同意を確認する署名入りの書類が正副2通作られ、1通が患者に渡される。退院に際しては退院療養計画書が発行される。

 これらの定型化された書類処理は紙が最も合理的だ。これをタブレットに変えても意味はない。上記の薬情については薬事法で決められた項目の記載が必要だが、視覚障害者のために点字やボイスレコーダーでの提供も許容されているので、アプリで確認できるようにすることくらいはできるだろう。

患者ID管理とデータ連携がデジタル化の要

 こうして観察すると、差は当然あるにせよ、病院のデジタル化はさまざまな法規制のもとでデジタルとアナログを組み合わせて確実に進んでいることがわかった。医療現場のITにも、モード1/SoR(Systems of Record)とモード2/SoE(Systems of Engagement)があることもわかる。

 特にモード1/SoRが重要で、要となるのが患者のID管理と患者に関わるデータの連携である。診療科のデータは電子カルテで連携されていて、複数の診療科で診療を受けていても院内で共有されている。内科で撮影されたX線やCT、MRIの画像は外科でも参照できる。血液検査は診療科によって必要な検査項目が異なるのでつど検査されることが多いが、データは時系列で参照できる。

 モード2/SoEに相当するのは、医事会計のクレジットカードでの自動処理やスマホアプリでの予約情報、お薬情報の提供、LINEなどを活用した受付後の待ち時間通知などだ。医療施設にもよるが、さまざまな患者サービスが提供されるようになってきている。これらができるのはモード1の確固たるID管理とデータ連携があってこそのことだ。2025年の崖という警鐘を鳴らした経済産業省のDXレポートで言いたかったことは、モード1/SoRのデータ連携の仕組みをしっかり作り直せということだろう。

 コロナ対応でも行政のシステムがうまく機能しないのは、マイナンバーが国民IDとして徹底できていないことと、省庁間や自治体間でデータの連携ができていないことに帰結する。デジタルの要はIDとデータ連携であることを再認識すべきだろう。

●Next:日本の医療デジタル化は病院単位、全体では進まない

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