[木内里美の是正勧告]

日本の死生観の変化がもたらす将来

2024年8月7日(水)木内 里美(オラン 代表取締役社長)

少子高齢化が進む日本において、出生率低下を止める施策よりも、人口減少に対応した社会作りが求められている。出生率低下の要因は、ライフスタイルや価値観の変化であり、経済的支援策だけでは解決できない。高齢化社会における医療や介護の問題も深刻で、老老介護の悲劇や延命治療の是非が問われている。日本でも生と死の問題について、そろそろ踏み込んだ議論を始めるべき時期に来ているのではないだろうか。

出生率の低下から脱却することはできない

 日本人の「生きる」ことへの変化が徐々に進んでいると感じる。働き方改革やワークスタイルの変化の影響は大きく、副業や複数拠点生活をしながら仕事をして生活を楽しむ人たちが増えている。経済的な理由も含めて専業主婦は少なくなり、都市でも地方でも夫婦で働く形態が増えている。その生活スタイルを支えるために、コンビニや外食産業、宅配ビジネスが盛況だ。

 一方、70歳を過ぎても働く人が増えている。国の政策もあって定年年齢が延び、「60歳で隠居生活」など死語になった。生活スタイルも核家族どころではなく、結婚しない若者も独居する高齢者も年々増えていて、大家族は特異な例になってしまった。離婚が増えているわけではないが、夫婦別居の話もよく聞くし、煩わしさがない「個」の生活を好むようになったのではないだろうか。

 そんな環境の中で、出生数・出生率は年々減り続けている。出生率といっても年齢別出生率や粗出生率などさまざまな統計があるが、2023年の全国の合計特殊出生率は1.20で、東京都のそれはついに1.0を切った。合計特殊出生率をもう少し細かく言うと、15歳から49歳まで(再生産年齢)の女性を対象にして、各年齢の1年間の出生数を女性人口で割って合計したもの。おおまかに1人の女性が一生の間に生む子供の数に近い(図1)。

図1:日本の出生数および合計特殊出生率の年次推移(出典:厚生労働省)
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 東京都の出生率が低い要因は、多くの独身女性が就学や就職で東京に転入することによる要素が大きい。既婚者による有配偶出生率は決して低くないようなので、単純に統計値に振り回されてもいけない。出生率が高い地域が、沖縄県や九州各県など南に集中しているのも興味深い事象である。

人口減少に見合う社会を作っていくことが賢明

 当然ながら、世界を見れば年々人口が増えている国もある。人口増加が顕著なのはアフリカ諸国だが、国連は2050年までに大幅に人口が増える国としてインド、ナイジェリア、パキスタン、コンゴ共和国、エチオピア、エジプト、フィリピン、タンザニアの8カ国を挙げている。

 いずれも平均気温の高いエリアの国だ。筆者が昨年訪問した中央アジアにあるウズベキスタンも気温が高く、人口も年々増えていて若者たちの結婚式が捌けないほど式場が逼迫していると聞いた。実際、街中で何組もの結婚衣装を纏う若者に遭遇した。国が発展途上だったり平均寿命の短さだったりといったことが出生率に影響しているのだろうが、平均気温も相関があるかもしれない。

 一方、出生率の低い国は、韓国、パラオ、香港、台湾、シンガポールなどで合計特殊出生率が1.0を切っている。日本も出生率が年々低下して人口が減少するばかりだが、それどころか年間150万人以上が亡くなる「多死社会」に突入しつつある。長期予測ではいずれ年100万人のペースで減少していくので、2050年には1億人を切ってしまう。

 日本の出生率の低下現象は、国民のライフスタイルの変化、価値観や精神的な意識によるところが大きいと推察していて、政策的に出産、医療、住宅などを含めてさまざまな子育て支援に資金を投入しても改善しないことは、イタリアや韓国などの例でも明らかである。人口減少に人為的に歯止めをかけることは困難で、人口に見合う社会を作っていくことが賢明に思える。

「身終い」に対する意識の変化

 『母の身終い(みじまい)』(原題:Quelques heures de printemps)という、2012年公開のフランス映画がある。身なりを整える意味の「身仕舞い」と同じ発音だが、日本語には「身終い」という言葉遣いはない。しかしこの映画が人生の最期をどう迎えるのかをテーマにしていると分かると、身終いの意味は直感的に伝わるだろう。

 「終活」という言葉もよく耳にするようになった。だれもが必ず迎える生命の終わりの前に人生の最期を充実させ、かつ遺された家族の負担を減らしたり、終末医療や葬儀に対する希望をエンディングノートに纏めたり、家族と話し合ったりする活動である。

 こうした中、「死」の受け止め方に大きな変化を感じる。とりわけコロナ禍の3年間を経て大きく変わったのは葬儀ではないだろうか。大勢が集まるのを避けるために葬儀の簡素化が進んだが、少子高齢化や核家族化など生活スタイルの変化を背景に、潜在的にその傾向があったように思う。

 コロナ禍を経て形式を重んじる一般葬より、身内だけの家族葬が大幅に増えたのだ。統計調査でも、家族葬のような小規模な葬儀が主流になり、通夜を行わない「1日葬」や家族が火葬場に集まってさらに簡素な「直葬」が増えているそうだ。

 伴って、墓に対する考えが変化している。大家族制や生まれた故郷に定着する住み方が薄れ、少子化で先祖代々の墓地を守りきれない。高齢化で祭祀継承者がいなくなってしまう。寺の永代供養に委ねて墓仕舞いするケースも増えている。そもそも大金を払って墓地を購入する人が少なくなり、明治時代に始まったとされる一般墓(家墓)から、跡継ぎを必要としない永代供養墓や合祀墓や樹木葬墓地が増えている実態がある。

 さらに散骨を選ぶ人も増えているそうだ。陸上散骨や海洋散骨が認められており、厚生労働省が2020年に散骨事業者向けの「散骨に関するガイドライン」を取りまとめている。1997年に米国で始められた「宇宙散骨」も、法整備が進めば一般的になるかもしれない。身終いにも大きな社会変化が起きているようだ。

●Next:終末期医療・介護の問題をどう考えるか

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