筆者が大成建設の情報部門の責任者をしていた2002年頃、電子商取引(B2B)の仕組みを作ろうという話が持ち上がった。数千社に及ぶ協力会社と大成建設の間で、日々の電子調達や情報交換を行おうとするものである。
現業部門からこの構想をヒアリングした時、頭に浮かんだのはASP(Application Service Provider)だった。大幅なコストダウンのミッションを受けて全社システムの再構築を進めている最中であり、自前で仕組みを構築・運営する不合理さを直感したからである。
1990年代末頃にブームになったASPは、しかし、期待とは裏腹に急速に縮小していった。洗練されていないWebアプリケーションや通信網の脆弱さゆえである。2002年当時には要求仕様とマッチするASPは存在せず、筆者らはカスタマイズドASPとして9社に提案を求めた。その結果、ASPの基盤を持っていたM社と設計や委託契約を詰め、2003年11月に運用を開始した。
仕様改善を重ねながらすでに運用6年目に入っているが、可用性、セキュリティレベル、サービスレベルとも自前では適わない高水準のサービスを提供してもらっている。ユーザー仕様の取り込みや、社内システムとのマッシュアップ(コンテンツの複合)を実現していることを考えれば、現在のSaaSモデルと同じ概念である。
「IT Doesn’t Matter」との出会い
時を同じくして、とても印象的な論文に出会った。ニコラス・G・カーが2003年5月にハーバード・ビジネス・レビューに寄稿した「IT Doesn’t Matter」である。私自身、インフラ化、コモディティ化していくITを肌身で感じていて“持たざる経営”を目指し、「究極は旧来型のシステム部門を無くすことを目指そう」と言っていたので、この論文の意図するところが鮮烈に伝わってきた。
当時、IT産業の経営者やコンサルティング会社から猛烈な反発を受け、話題になったので覚えている読者も多いだろう。だが、論文はIT/ISの必要性や重要性を少しも毀損してはいない。むしろ今日を見通していたと言える。
SaaS(Software as a Service)という言葉は2005年頃から言われだしたが、ASPの欠点を改善した進化型と考えればよく、ユーザーが求める仕様に柔軟に対応し、既存システムとの連携も出来るようになった。背景にはWeb2.0や仮想化といった技術の進化があり、利便性の高い洗練されたWebアプリケーションが出来るようになったことがある。
国も中小企業のIT化基盤整備として、ASPやSaaSの普及促進を図ることを政策課題として掲げた(「経済財政改革の基本方針2007」平成19年6月19日閣議決定)。それを受けて経済産業省は、この3月末から34のアプリケーションを「J-SaaS」として中小企業向けに低価格で提供するなど、普及に弾みがついている。
会員登録(無料)が必要です
- 1
- 2
- 次へ >
- 幕末の藩教育から学ぶべき教育の本質(2025/01/07)
- 最近の選挙から民主主義とデジタル社会を考察する(2024/12/04)
- DXを推進するなら「情報システム部門」を根底から見直せ!(2024/10/30)
- 「建設DX」の実態と、厳しさを増す持続可能性(2024/10/02)
- 過剰なハラスメント意識が招く日本の萎縮(2024/08/27)