ビジネス起点の発想忘れずに 業務とITの「もつれ」を解く──その時々のニーズに対し、場当たり的にシステムを改修してきた企業は少なくない。 しかし、その延長線上に明るい未来が描けない時代が到来している。 本パートでは、ベンダー4社に現行システムが抱える課題と、 将来を見据えたシステム像について話を聞いた。聞き手は本誌編集長:田口 潤 photo:陶山 勉
- 細谷浩司氏
- 日本アイ・ビー・エム グローバル・ビジネス・サービス事業 アプリケーション開発事業 エンタープライズ・テクノロジー&アーキテクチャ ビジネスアーキテクチャー Certified Professional マネージャー・エグゼクティブ・アーキテクト
- 製造業の顧客を担当し、ネットワーク、サーバーなどの基盤整備と運用、アプリケーション開発を経験。2000年からソフトウェア・アーキテクトとしてWebシステム、ポータル、SOAなどの技術普及に従事。現在はサービス部門にて、上流工程におけるビジネス・アーキテクチャー開発を担当する組織を率いる。
- 井上 憲氏
- 日本オラクル Fusion Middleware事業統括本部 ビジネス推進本部 マネジャー
- 2006年に日本オラクルに入社。プリセールスエンジニアとしてSOA/BPMをはじめとするミドルウェア製品の案件に多数関わったのち、SOA製品戦略部にて海外導入事例をもとに日本でのSOA普及に携わる。現在は主にストリーミングコンピューティングやCEP(複合イベント処理)の販売戦略や市場開拓などを担当。
- 柴田 徹氏
- 富士通共通技術本部 本部長
- 1982年に富士通に入社。証券や金融業の大規模システム開発に従事。1997年には投資信託システムをフルオープンにて開発したほか、2003年には金融先物取引所のシステムを海外取引所と組み稼働させた実績を持つ。2009年より現職。ソフトウェア・サービス開発の新たな体系作りに取り組む。
- 河原陽一氏
- NTTデータ 経営研究所 金融コンサルティング本部 シニアマネージャー
- 三井住友海上火災保険にて営業および契約システムの開発/運用に携わる。2008年より現職。金融機関のITガバナンス構築や内部統制監査支援など、レギュレーションに関わるコンサルティングを担当するほか、BPO/BPRなどの業務設計、システム刷新、グランドデザインプロジェクトなども手がける。
─ 今後5年、10年先を見据えた時、現行システムを改修し続けるだけではビジネスニーズに適応できなくなる…。このような危機意識を持って、システムを見直そうとする企業は増えているのでしょうか。
細谷: ここ1〜2年、企業システムのあり方、いわゆる「グランドデザイン」を見直す企業が増えているように思います。経済が停滞し、数カ月程度の短期間で利益を追求することが難しくなってしまった。そこで、「存続と成長」のために何をすべきかを腰を据えて考えるようになり、今こそグランドデザインを見直すべきとの気付きに至っているのではないでしょうか。
当社としても、ビジネスとITとの整合を変化対応力に結実させる「ABA(アクショナブル・ビジネス・アーキテクチャー、Part5参照)」を掲げており、問い合わせは増えています。
井上: コスト削減一辺倒ではやはり限界があります。自社にとって、利益を生み出す新たな事業とは何かを模索する企業が増えていて、これがシステムの理想像に思いを巡らせる契機に結び付いていると考えられます。
─ 経営とITとの一体感がよりいっそう強いものになる。
井上: 最近は、(編集部注:トヨタとセールスフォース・ドットコムとの提携など)企業が業界の枠を超えてサービスを展開する動きが出てきています。大量のデータをリアルタイムに分析し、顧客対応を充実させようというシナリオがきちんと描かれている。明確な戦略がある企業は、それを支えるシステムが全体としてどうあるべきかを考えていますね。付加価値を生み出すためには積極的に投資しようという姿勢も見て取れます。
─ 国内ベンダーの視点から見て、柴田さんはいかがでしょう。
柴田: システム全体の見直しは必要と認識していても、いざ実践すると厚い壁に突き当たるという現実もありそうです。先々を見据えて最適解を導くようなプロジェクトには、「知見と統率力」を兼ね備えたCIOが欠かせません。しかし、国内にそうした人材は決して多くない。中途半端な取り組みでは、せっかくのグランドデザイン論が“絵に描いた餅”になりかねません。
─ 厳しい見解ですね。河原さんはどうでしょう。
河原: 私は主に金融機関のコンサルティングを担当していますが、システムの全体像について率先して見直そうとする姿勢はまだ弱いと感じます。震災があったのでBCP(事業継続計画)を見直そう、金融庁の検査があるから対処しよう…。何かきっかけがないと、現行システムにあえて手を加えないという考えが根強い気がします。
問題の洗い出しが先決 業務や組織の見直しも必要
─ 前向きにシステムを見直し始める企業があれば、一方で消極的な企業もある。しかし、世の動きの激しさに照らせば、いずれ抜本から見直さざるを得ないんじゃないでしょうか。
河原: 多くの企業では複数のシステムが複雑に連携し、全体像を把握しきれずにいます。あるプログラムを書き換えたら、どこに影響が出るのか分からない。システム担当者にすれば、できるだけ手を加えたくないというのが心情でしょう。企業システムには過去からの連続性がある。そう簡単にゼロリセットできないという問題がそこにあります。
─ 既存資産の保護と、次代のシステム像の話は少し次元が違う気もします。
河原: とはいえ、グランドデザインという大風呂敷を広げる前に、現行システムの問題をきちんと整理することは大事です。そもそもシステムに問題があるために特殊な業務を強いられているのか、業務に問題があるからシステムに負担がのしかかっているのかが明確でないケースが多いように思います。
細谷:それはおそらく、企業としての「あるべき姿」が定まってないことが根底にあるのではないでしょうか。これから、どの方向に進めばいいのかが見えない。そのため、システムや業務、組織などの役割や目的に整合性がなく、結果として、何が正しいのか、何が問題なのかが不明瞭になっているのだと思います。
柴田: システムの「形」から入る前に、まずは業務や組織のあり方を考え直すべきでしょう。例えば、成長戦略に顧客の購買行動分析を位置付ける。情報ソース、分析手法、アクションプラン、そのための組織など、ビジネスレベルでの確固たるデザインがあった上でシステムを問うフェーズに移行すべきです。
─ グランドデザインという言葉だけを独り歩きさせてはいけないのですね。
井上: システムに対する現場からの要求が複雑化していることも、理想の姿を追いにくくしている要因かもしれません。例えば、新サービスを開始するにあたり、どんなルールをシステムに実装すべきか検討するとします。しかし、市場のニーズは次々に変わってしまう。眼前の複雑性に追い立てられていると、なかなか大局的視点に立てない気がします。
現場とIT部門の乖離をなくす必要/不要システムの洗い出しも
─ ではこうした課題を解決し、グランドデザインに目を向けるために必要なことは何でしょう。
細谷:繰り返しになりますが、何をおいても企業のあるべき姿をきちんと描くことが大切です。ただし、柴田さんが指摘されたように、ビジネスを考慮せずに「システムの」グランドデザインに意識が向いてはいけません。
成長するために何を強みに位置付けるのか、どこの効率性を極めるべきなのか。そしてITはどのように支えるのか。それらがきちんと関連づけられたデザインを描かなければなりません。
河原: 同感です。その時、現場とIT部門の「思惑違い」を徹底してなくすことが重要です。教科書的な意見かもしれませんが、ここの小さな歯車がずれると全体として機能不全を起こします。
これまでも、現場が必要とする機能をIT部門に伝えると、少し違うシステムに化けてしまうケースは多々ありましたよね? 溝を事前に埋めるには、両者の意見を正しく伝えて不一致をなくす資質を持った「ブリッジSE」の存在が欠かせないわけですが、グランドデザインを描く上でも大事な人材だと思います。日頃から意識的に育成する取り組みが欠かせません。
─ 他に重要な取り組みはありますか?
柴田: 全体像をしっかりしたものにするためにも、足下の現行システムを棚卸しすることです。というのも、システムの中には「あえて見直す必要のないもの」が含まれていますから。
─ 具体的にはどんなシステムですか。
柴田: 例えば30年前に契約した保険商品を管理するシステムは、同じ商品を扱い続け、そこに新たな戦略が持ち込まれない限りは刷新する必要はないでしょう。中には、もはや不要なシステムが混在しているケースもある。一方で、顧客に密着し事業価値に直結するようなシステムであれば、即時性なり柔軟性なりを考慮してデザインしなければならない。そもそもの切り分けができていないから、システム全体として適正な方向へ踏み出せない。
システムや機能の存在理由を理解している人がいないため、稼働しているならそのままにしておこう、仮に作り直すにしても旧システムの機能をそのまま踏襲しようとなってしまうのです。
─ とはいえ、切り分けはそう簡単な話ではないですよね。
柴田: 当社が8月に「APMモダナイゼーション for Cloud」を発表した背景も、そのあたりにあります。これは現行システムを可視化し、不要なもの、重複する機能などを洗い出すサービスです。全体像が見えてはじめて、次の理想型を検討することができるのではないでしょうか。
井上: 似たようなものとして、当社には「EIM」(エンタープライズ・インフォメーション・マネジメント)があります。データに留まらず、システムの果たす目的や運用上のルール、機能がどう連携するのかなどを可視化するものです。
─ なるほど。やるべき課題は多く一筋縄では行かない感じですね。
細谷:先ほど河原さんが、システムは複雑化し手をつけられない状態であると指摘されました。確かにこれを解きほぐすのは大変な作業ですが、だからといって野放しにしていいわけではありません。こうした課題に取り組む企業がいるのも事実で、その先にメリットを見出せるなら経営者は着手しろと判断するはずです。企業ITが、そろそろ複雑さの限界まで到達してきていることを自覚してほしいですね。
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