スマートフォン、タブレット、そしてウェアラブルといったテクノロジーの著しい進化が、企業におけるモバイル活用の常識を変えつつある。今、企業は顧客や自社の従業員に対し、どんなスタンスをもってそれぞれにとって最適な利用体験を提供していけばよいのか。米ガートナーリサーチ部門バイスプレジデント兼最上級(Distinguished)アナリストのニック・ジョーンズ(Nick Jones)氏に話を聞いた。
ビジネスITとモバイルの重なり
――企業でのモバイル戦略策定の重要性が叫ばれて久しい。ビッグデータやIoTなどといった、企業コンピューティングにおける最近のトレンドが、このテーマにどんな変化を与えているのか。
エンタープライズITの世界とモバイルの世界がさらに接近し、重なり合い始めた。IoTで言えば、センシング機能を搭載した車や家電、活動量計などが「スマートオブジェクト」となって、モバイルデバイスやアプリケーションと対話するようになった。あと7、8年すれば、家やオフィスの中を見渡したとき、実に100以上のスマートオブジェクトがスマートフォンやタブレットと対話しているような時代になるだろう。
ビッグデータもそう。今日、我々はモバイルデバイスから大量の情報を得て、大量の情報を発信している。それで企業は、リアルタイムで顧客の行動や嗜好を把握できるようになった。こういうところに、ビッグデータとモバイルの重なりを見ることができる。
――モバイルファーストというより、もはやモバイルが前提というところまで来ていると。
テクノロジーの変化に応じて、企業のモバイル戦略もまた変化を続けている。例えば、BYOD(Bring Your Own Devices)に関しては、私の顧客のCIOの多くが課題に挙げている。
――従業員がオフィスに持ち込んだモバイルデバイスを、IT部門がどう管理するか。日本でもホットなテーマの1つになっている。
5年ほど前までIT部門が従業員の持つそれぞれのデバイスやセキュリティを大方コントロールすることができていた。だが数年前から、従業員がそれに反旗を翻すかのように、自分のiPhoneやAndroidフォンを業務でも使いたいと主張し始めた。その結果、IT部門はデバイスやセキュリティへのコントロールを失い、複数のプラットフォームへの対応や、アプリケーションの安全な配布などに課題が移っていった。とりわけ、モバイルのセキュリティについては、サイバー攻撃が猛威をふるう今、このまでとは違う新たなコントロールの仕組みがないといけない。
今やモバイルは「戦略より戦術」
――モバイルデバイスやスマートオブジェクトが顧客のリアルタイムな動きを映し出すようになり、企業はこれらに目を向けることなくして、価値の高い商品やサービスを提供できなくなってきている。しかしながら、IT部門にはやるべきことがあまりにも多い。
実際、今のCIOたちは、モバイルにまつわるさまざまなことに長い時間を費やしている。BYODの潮流もさることながら、新しいモバイルテクノロジーが次から次へと登場するからだ。ある大手企業のCIOに至っては、「私はモバイルに関して戦略を持ち合わせていない。必要なのはあくまで戦術だ」とまで話している。
――かなり極端な言い方に思える。自社でモバイルの活用と管理に関する一貫した戦略を持てず、局所対応的な戦術に頼らざるをえないということか。
実際そうするしかないのだと思う。これだけ進化がめまぐるしく、扱う対象が多いと、もはや、じっくり戦略的に意思決定を行える状態ではなく、むしろ柔軟な戦術で臨機応変にことにあたるのが彼らの現実的なスタンスとなっている。
考えてみてほしい。今、主要なスマートデバイスのプラットフォームはiOS、Android、Windows Phoneの3種類があり、それぞれでハードウェアやOSのバージョンアップが発生する。自社のWebサイトやサービスのモバイル対応を完璧にやろうとしたら、企業は、この3つのプラットフォームそれぞれに、ネーティブアプリ、HTML5対応のWebアプリ、ハイブリッドアプリという3つのアプリケーションアーキテクチャを用意しなくてはならないわけだ(図1)。
――モバイルに関する意思決定のタイムスパンが非常に短くなってしまっている。
そう。開発環境に関しても、現時点でソフトウェア開発ツールは200以上は存在するが、それらが皆、5年後や10年後も提供され続けるということは考えにくい。運用管理のためのMDMツールは種類はそれほど多くないが似たような感じである。そんな環境下で、CIOとしては、向こう12カ月~24カ月の間でベストな選択をするというのができることであって、3年から5年先を見据えることは難しい。これが、モバイル戦略に関するCIOの置かれた立場である。じっくり考えたくてもそれができないという苦しい状況だ。
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