[木内里美の是正勧告]

尖った才能を生かせない日本に将来はあるか?

2022年8月2日(火)木内 里美(オラン 代表取締役社長)

高齢化と少子化、地方の過疎化、製造業をはじめとした企業の衰退と、かつて先進国だった日本の衰えが止まらない。だが、視点を変えれば、すばらしい技術とそれを生み出す才能の“光”にも気づく。そんな光るものに焦点を当てながら、まだこの国にもある尖った才能を生かすために必要なことを考えてみたい。

 最近、報道でよく目にするグラフがある。全国労働組合総連合による、他国に比べて25年間、実質賃金が上がっていない日本の実情を伝えるグラフである(図1)。

図1:日本では25年間、実質賃金が上がっていない(出典:全国労働組合総連合 https://www.zenroren.gr.jp/jp/housei/data/2018/180221_02.pdf)
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 日々の暮らしの中で何となく感じていても、ここまで明確に示されるとショックだ。労働生産性も上がってないのだからしかたがないなどと、納得できるようなものではない。加えて30年来の円安になってしまった為替相場やじわじわと続く食品やエネルギーの値上げで、家庭の支出は増えてきている。経済面での劣化や衰退が著しい。

日本の衰退が各所で顕在化してきた

 高齢化と少子化もとどまるところがなく、補助金をばら撒いても地方の過疎化は進むばかりだ。限界集落も増え続けている。人口の減少は国家の衰退に直結していて、リカバリーすることは至難の業だろう。

 日本の売りだった製造業の衰退も著しい。家電もPCもスマートフォンも、かつての栄華は見る影もなく、海外企業にその座を奪われている。外貨を稼ぐのに今もがんばれているのは自動車、産業用ロボット、電子機器、工作機械、化学製品や下町工場の特殊な部品などだろうか。多くの日本企業は国内ビジネスに依存しているにもかかわらず、グローバリズムに惑わされて無駄なコストを膨らませ、本来の競争力を失ってきたように思う。そろそろナショナリズムに目覚めて日本独自を追求してもよいのではないだろうか。

 政治もじわじわ衰退しているように感じられる。党利党略の選挙中心になってしまい、大衆迎合型で政策先行ではない。批判が怖いのだろうか? 様子見ばかりするから、スピードの遅さは天下一品。国会は枝葉末節の議論に終始し、言っていることとやっていることは言行不一致ばかりだ。日本を引っ張っていくような強い政治からはほど遠いし、女性の活躍もいまだに少なすぎる。挙(こぞ)って女性首相を担ぐくらいであってほしいが、わずかな可能性も2022年7月の安倍元総理の事件で遠のいてしまった。

 官僚制度も疲弊していて、デジタル庁が新設されても横串をさすことができない。2001年から始まった電子政府構想はいまだに実現しないし、部分的なデジタル化だけでは連携した処理ができずに、かえって不便になるばかりだ。2025年の崖は、民より官の方が先に落ちてしまいそうだ。

 古い教育システムに依存しているようでは、これからの人材育成もおぼつかない。あいも変わらず、小中学校は均等均質な知識中心の教育にどっぷりと浸けてしまい、高校からは理系、文系の括りで学びの選択が決められてしまう。ITがかかわる分野は理系、文系のカテゴリーにはそぐわない。もっとアートやデザインの学びが必要だ。

 世界で自由に活躍できない日本人を作ってしまった最大の要素が英会話力の不足だろう。文法英語の学びからはコミュニケーション言語としての力はつかない。フィリピンのように公用語を英語にしてしまえば、グローバルビジネスでもポジションは圧倒的に向上するだろう。せめて学内で英語を標準にすれば、それだけで日本の将来は大きく変化できる。

 大学に進んだら、「個性を伸ばせ」とか「個性を大切に」とか言われても、個性を潰してしまうプロセスから個性は生まれにくい。そんな歴史の中でベビーブーム世代は高齢化してしまい、X世代(1965年から1980年頃の生まれ)、Y世代(1980年から1995年頃の生まれ)、Z世代(1995年以降の生まれ)と世代は変わっていく。いずれα世代(2010年以降の生まれ)が社会の主流になる。古いシステムでも、人が変われば社会も変わっていく。成り行き任せでは効率が悪いので、放置すれば衰退は免れない。

他国にない尖った技術を創造できる日本

 衰退が目立つ日本だが、視点を変えればすばらしい技術が光って見える。その光るものに焦点を当ててみよう。メタバースが現実社会のデジタルツインとして取り沙汰されるようになってきた。仮想社会での金融システムも着々と構築されている。暗号資産(仮想通貨)という代替性トークンも、NFTという非代替性トークンもこの仮想社会で価値を創っている。これらを支えている根幹となる技術がブロックチェーンだ。

 ブロックチェーンを世に知らしめたビットコインのプロトコルとリファレンス実装であるビットコインコアは、サトシ・ナカモト(中本哲史)氏が開発したとされている。真偽はいまだに不明だが、日本人には根幹の技術を発明する発想と技術力があることは確かだ。

 2002年にピアツーピア(Peer to Peer、P2P)通信技術を活用したファイル共有ソフト「Winny」を開発したのも日本人の金子勇氏だ。Winnyが分散ファイル処理技術であることから、ブロックチェーンの思想に通じるとして「Satoshi Nakamoto」は金子勇氏ではないかという噂さえある。

 さらにさかのぼると、1984年にリアルタイムOSのTRONプロジェクトを立ち上げたのは坂村健氏だ。PC用OSとしてのBTRONは普及することはなかった。官僚の横槍だとかメディア操作だとか言われたが、決定的だったのは米国のスーパー301条で貿易障壁になるとして制裁対象になったことだろう。米国が恐れるほどにすぐれていたことの証左でもある。しかし組み込み系に使われるITRONなどは今でも健在だ(写真1、TRON関連記事一覧)。

写真1:現在のTRONは、IoTエッジ領域に特化して、スマートシティのシステム連携を実現する「都市OS」を目指している。写真は各所に設置したサーモカメラが住人の体温を絶えずチェックする様子(出典:トロンフォーラム)

 数年以内にスマートウォッチに実装されると言われている、レーザー光を使った非侵襲型の血糖値測定法を世界で初めて発明したのは山川考一氏。大学発ベンチャー企業の経営者でもある。この分野は各国とも技術開発に鎬を削っており、実装されるのも遠くはないが、血液検査に比べた時の精度が競争力になるだろう。

 ハードウェアでも革新的な技術が日本人から生み出されている。スーパーコンピュータ用CPUの「PEZY(ペジー)」だ。開発者である斎藤元章氏は放射線医師でもあり、スーパーコンピュータや汎用AIの技術者として高い評価を得ていたが、2017年に助成金詐欺容疑で逮捕され服役中である。

 しかしながらPEZYの処理性能、省エネ性能の評価は高く、同氏の著書『エクサスケールの衝撃』で描かれた将来は超高性能のコンピュータによって生活や仕組みや社会が大きく変貌することを示唆していた。胡散臭いふるまいはいろいろ囁かれるが、天才であり異端者であったことは間違いない。きわめて尖ったものを創り上げる人たちが、なぜか非業な歩みを辿ることが多いことに、実にやるせない気持ちになる。

●Next:日本に欠けているものを明確に意識したうえで将来に向かう

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