[架け橋 by CIO Lounge]

中小企業におけるDXの取り組みの第一歩とは

CIO Lounge 平松敏朗氏

2023年5月15日(月)CIO Lounge

日本を代表する百戦錬磨のCIO/ITリーダー達が、一線を退いてもなお経営とITのあるべき姿に思いを馳せ、現役の経営陣や情報システム部門の悩み事を聞き、ディスカッションし、アドバイスを贈る──「CIO Lounge」はそんな腕利きの諸氏が集まるコミュニティである。本連載では、「企業の経営者とCIO/情報システム部門の架け橋」、そして「ユーザー企業とベンダー企業の架け橋」となる知見・助言をリレーコラム形式でお届けする。今回は、CIO Lounge正会員メンバーの平松敏朗氏からのメッセージである。

 私はITベンダーのシステム技術者として大手企業を長く担当。退職後は中小企業の業務改善のアドバイザーをしています。そうした一連の経験を通じて、業務改善には「現場部門での事実を起点とした課題の明確化」「データを利用して事実を共有する」「業務部門の現場力の活用」が重要であると、改めて痛感しています。このことは大手企業も中堅企業も変わりませんが、特にIT人材が不足している中小企業ではDXに向けた第一歩になると確信しています。以下、そう確信した背景をお話します。

中小企業の業務改善の支援で実践し、感じたこと

 一口に中小企業といってもさまざまですが、共通する悩みがあります。技術の継承などのための人材雇用です。自社の強みを生かした製品で請負ビジネスから転換し、注目を集めている会社であっても同じですし、デジタル化を進めたくても、IT人材の確保が非常に高い壁となって立ちはだかります。私自身、中堅企業に勤める知人から「求人しても応募がない。いい人はいないか」と相談を受けることがありますが、雇用条件のいい大手企業やIT業界へ流れる現在の雇用環境では、なかなか応えられない状況です。

 ところで読者の皆様は、2023年3月まで放送されていたNHKの朝ドラ「舞いあがれ!」の舞台となった大阪のネジ会社を覚えておられますか? 現在はその会社と同じ規模の製造工場で業務改善のお手伝いをしています。IT部門はシニア人材2名。すべてを運営しています。2年ほど前までは、

●経営者:「儲けが薄い、在庫が多い、売上げが伸びない」
●営業責任者:「汎用品は海外輸入品に押されて減少、薄利ビジネスでも止めれば売上げは減少」「欠品が多発、自社オリジナル品と特注品に注力したいが生産力が不安」
●生産責任者:「生産技術の継承ができない、生産設備も老朽化」「需要見通しが無いので見込み生産で在庫偏在が発生」

 といった発言が出るばかり。製造業のよくある業務課題が一式、揃っているような状況でした。

 大手企業ではSCM(サプライチェーンマネジメント)を構築するなどして取り組みが進んでいるはずですが、それでも油断すると同じようになる可能性があり、古くて新しい話題かもしれません。まして私がお手伝いするのは中小企業なので、社内にはSCMに取り組んだ経験者はいないし、コンサルタントに依頼することも含めコスト面で難しい面もありました。

 そこで、まず「本当の課題は何かを探せるよう」「何が起こっているかを正しく理解する」ために、下記のような業務実態をデータで見てもらうことから始めました。

●生産リードタイムの実態(仕掛オーダーの量・工程ごとのリードタイム、至急品対応の発生状況)
●得意先・製品ごとの粗利(利益のある取引と利益の出ていない取引の見える化)
●製品別の在庫回転率、不動在庫(停滞在庫)の見える化、など

 とは言っても、関係者が共通の「事実」を元に検討できるよう、既存の業務システムからデータを抜き出し、Excelで整理して見やすくしただけです。経営者と業務部門の責任者が事実を共通認識できると、業務課題を正しく定義できます。そうなれば業務プロセスの見直しや改善すべき事項と取り組み優先度の設定などは現場部門でできるようになりました。

 必要なITツールは外部委託で整備。少し時間はかかりましたが、SCMのボトルネックが解消されていきました。その結果、生産リードタイムと在庫金額は3分の2に、粗利は5%程度改善するといった結果に繋がっています。効果が早くでるのは規模の小さい企業のメリットですね。

中小企業のDX推進に当てはめて考えると……

 一方、経済産業省は中小企業のDX推進に向けて、中堅・中小企業等向け「デジタルガバナンス・コード」実践の手引き2.0をまとめ、各種の支援策も揃えています。この実践の手引きには「DXリテラシー標準」と「DX推進スキル標準」の紹介などが含まれており、図1に示す「DX実現に向けたプロセスと人材」が定義されています。

図1:DX実現に向けたプロセス 仮説:中堅・中小企業等版(出典:経済産業省 中堅・中小企業等向け「デジタルガバナンス・コード」実践の手引き2.0)
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 「手引き2.0」では「中堅・中小企業等の経営者の方々が実際にデジタルガバナンス・コードに沿って自社のDXの推進に取り組む際、または支援機関の方がこれらの企業の支援に取り組む際、その参考となるよう作成しました」と主旨が述べられています。これを読んだ私の率直な感想は、「こんなに難しく表現したら最後まで読む経営者はどれだけいるかな?」でした。

●Next:「手引き2.0」から学べること

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