[木内里美の是正勧告]

中小企業のDXを推進すれば、日本の復活につながる!

2023年12月28日(木)木内 里美(オラン 代表取締役社長)

2023年も日本のIT、経済、社会に関するさまざまな問題を指摘してきたが、この先希望がまったく持てないというわけではない。例えば、バイタリティに溢れる経営者が率いる中小企業の先駆的なデジタル変革を見ていると、復興のカギはここにあると強く感じる。そんな事例をいくつか紹介しよう。

 2018年に経済産業省が出した「DXレポート」以来、何かと言えばデジタルトランスフォーメーション(DX)がテーマになる状況が続いている。民間企業による金融DXや建設DXなどはもとより、自治体までDXを掲げ、教育DXや医療DX、農業DXといった具合に分野ごとのDX騒ぎがかまびすしい。

大企業だけがDXを進めても日本の経済は復興しない

 当の経産省によるDX銘柄選定などプロモーションも活発だが、大半の「DX事例」が大手企業なのは残念だ。中小企業庁が対象とする中小企業は企業数で総企業数の99.7%であり、大企業は0.3%にすぎない。従業者数で見ても約69%は中小企業で働いている(図1)。

図1:日本の中小企業の実態(出典:中小企業庁)
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 製造業の付加価値額を見ても、総額では中小企業が大企業を上回っている。就業者数も含めた実態を考えれば、大企業だけがせっせとDXに取り組んでも経済効果が薄いことはだれにでも理解できるだろう。言い換えれば、日本の底力の浮揚が感じられないのは企業数の大半を占める中小企業が、DXから置き去りにされているからではないのか?

 中小企業のDXが進まないのには理由がある。まず資金力がないし、人材不足でDXをリードできるキーパーソンもいない。国もようやく中小企業のDXに本腰を入れ出したが(例えば、「中堅・中小企業向け『デジタルガバナンス・コード』実践の手引き2.0」)、浸透するには相当時間が掛かりそうだ。しかし、稀な例ではあるが、社長がデジタルに目覚めて自ら率先してリードしている会社もある。

武州工業、陣屋、ゑびや──中小企業DXの先駆例

 東京都青梅市に本社工場を持つ、武州工業という社員150人の中小企業がその1社だ(写真1)。板金やパイプ加工をメインとする金属加工業者だが、現在は相談役に退いた林英夫氏が社長時代にすばらしい経営改革を行った。筆者が2017年に工場を訪問したときに目にしたのは、生産速度のムラをなくして生産性を向上させるために、古いiPodの加速度計を活用していた姿だった。

写真1:武州工業の本社工場(左)と新町サテライト工場(出典:武州工業)

 その仕組みを「生産性見え太君」というスマートフォンアプリとして公開し、同じような中小製造業の生産性改善を促していた。2020年6月、コロナ禍の最盛期を迎える頃に事業を継承した子息である林英徳氏は、デジタル革新の流れを止めることなく、「武州工業株式会社DX戦略2023」を発表している。

 一方、神奈川県秦野市にある鶴巻温泉の老舗旅館、陣屋(写真2)。2009年には借金と赤字を抱え、非効率経営もあって存亡の危機に晒されていた。当時、経営を引き継いだ宮崎富夫氏・知子氏はクラウドサービスとタブレットを駆使し、顧客データやプロセスの見える化・共有を進めた。サービスの向上とともに宿泊単価を上昇させて、3年後には黒字転換した。

写真2:陣屋は早期からクラウドサービスの活用に取り組んできた(出典:陣屋)

 コロナ禍の時期には週休3日制を取り入れて働き方改革とさらなるデジタル化を進め、今では高級旅館として知られる存在になった。自社のために開発した旅館システムは「陣屋コネクト」として販売とコンサルティングを行い、旅館の売り上げを凌ぐ売り上げ実績を上げている。さらには「緑屋」という名称で旅館再生とブランディングを始めており、経営改革はとどまることがない。

 さらに伊勢神宮の内宮前にある食事処、ゑびやもデジタル経営改革を実践する(写真3)。創業150年と歴史のあるうどんの老舗だが、昔ながらの家族経営で客単価も低くとどまっていた。経営者も従業員も何かと忙しく、食材のムダも多かった。2012年に入社した4代目社長の小田島春樹氏は「経営を楽にする」「属人化させない」「どこでも経営が見える」をコンセプトに、「まず食券やそろばんを廃止し、PCを導入するところから始めた」という。

写真3:ゑびや大食堂とゑびや商店の店舗内をWebサイトでウォークスルー体験できる(出典:ゑびや)

 その後、人通りや天候、イベントなどから来店客数を予測したり、業務システムをSaaSに入れ替えたりした。IoTによる食材管理の自動化や受発注の標準化、さらにデータ分析によるメニューの改善など、徹底したデータ収集と活用を行った。結果、売り上げ、収益ともに劇的に改善し、見事に名店に復活させた。さらにはIT会社のEBILABを立ち上げて、自らの取り組みを他の企業に提供するサービスを手がけるまでになっている(関連記事EBILAB、AIカメラで商品の欠品状況を監視する「小売業向け棚監視ソリューション」)。

●Next:中小企業に勧めたい、業務デジタル化にアクセルをかける方法

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