[市場動向]
「新人指導」の発想で生成AIを活用、改善の壁を超えてビジネス変革へ
2025年8月1日(金)日川 佳三(IT Leaders編集部)
「生成AIは、優秀だけど融通が利かない新人メンバーと同じ。人間の役割は、上司として生成AIを教育し、アウトプットを監視すること」。2025年6月24日に開催した「プロセスマイニング コンファレンス 2025 LIVE」(主催:インプレス IT Leaders)の基調講演に登壇したエル・ティー・エス執行役員CSOの山本政樹氏は、生成AIとビジネスプロセス変革の関係を解説した。
デジタル化で業務プロセスが分かりにくくなった
写真1:エル・ティー・エス 執行役員CSO 山本政樹氏拡大画像表示
ビジネスプロセス(業務プロセス)とは、複数の業務が連携し、製品やサービスを通じて顧客に価値を届ける構造のことである。従来は、人間が業務を担っていたため、人の目で業務のフローを理解できていた。しかし、「デジタル化が進んだことで、状況が一変した」と、エル・ティー・エスの山本政樹氏(写真1)は指摘する。
ネット通販のビジネスプロセスの例では、受注から倉庫への指示出しまでの前工程では、もはや人間は関与していないのが実態である(図1)。「こうした、人からは見えない部分を可視化するために、プロセスマイニングのようなテクニックが不可欠になっている」と山本氏は指摘する。
図1:デジタル化したビジネスプロセスを可視化するためにプロセスマイニングが必要になる拡大画像表示
言語を扱える生成AIが業務の多くを代行
生成AIの革新性は、人間を人間たらしめている「言語」に対して、高い解像度で踏み込んだ点にある。文書作成や画像生成といった分かりやすい用途から、システム開発の要件定義、プログラミング、さらには医療診断まで、幅広い業務を自動化できるようになった。
「従来のマシンラーニング(機械学習)は、特別なスキルを必要としない業務を主に対象としていた。しかし、生成AIの登場により、通訳・翻訳、プログラミングなどの専門技術、さらには科学者や会計士などの知識活用業務もAIの対象になっている」(山本氏)。
生成AIを適用可能な例として山本氏は、ゲーム業界を挙げる。「ファイナルファンタジーXIIIは、開発期間5年、スタッフ1000人の大規模プロジェクトだったが、シナリオ、サウンド、映像、プログラミングなど各部位は、生成AIを活用できる領域だ。今後は、少人数かつ短期間でゲームを開発できるようになる」(山本氏)。
既にAIを前提としたビジネスプロセスを実現している企業の例として、山本氏はファッション会社「SHEIN(シーン)」を紹介した。SHEINでは、AIがデザインを作成し、これを少ロットで生産し、サイトでの売れ行きを見て大量生産を決めている。さらに、得られたデータをAIにフィードバックして売れ筋商品の特徴を学習させる循環型のプロセスを構築している。
業務機能レベルのAI活用が進む、暗黙知も形式知化
個人作業の効率化だけでなく、業務機能レベルでの生成AIの活用も進んでいると山本氏は言う。例えば、管理会計は従来、帳票の設計に時間をかけていた。一方で、現在のERP(統合基幹業務システム)は、情報さえシステムに格納しておけば、生成AIに指示を出すだけで、「特定期間の製品別売上額をグラフ化する」など、所望の帳票が得られる。
効率化・自動化を超えた新たな価値創造として、生成AIによる「暗黙知の形式知化」にも注目が集まっていると山本氏は指摘する。例えば、問い合わせ対応では、ベテランが作成した業務マニュアルをAIに学習させるが、従来はマニュアルに記載されていない情報は活用できなかった。
現在は、ベテランの応対記録を日々蓄積し、これを学習データとして活用することで、実際の経験から対応方法の選択肢を抽出できるようになっている。このように、「言語化・形式知化されていない知識を、自然な業務の中から発見し、活用可能な知識に変換する取り組み」として、カスタマーサポートや製造業のノウハウ可視化などが成果を挙げている。
AIは新人メンバーと同じ。新人指導のスキルがAI活用のカギ
生成AIを活用するうえでは、ハルシネーション(誤情報の生成)、情報漏洩、著作権侵害などの課題もある。山本氏は、国立情報学研究所 社会共有知研究センター長/教授の新井紀子氏が指摘した「生成AIは、真実と嘘を見分けられる人が補助的に使えば、生産性や効率に大きく寄与する」との見解を紹介した。
現在の大規模言語モデル(LLM)は、学習結果をもとに確率的に言葉を並べているだけで、意味は理解していない。このため、「生成AIが出力した情報の正確性を、人間がしっかりと監視することが重要だ」と山本氏は強調する。生成AIのアウトプットを無条件に信じてしまうと、「業務にノイズが増加し、優秀な人材がファクトチェックに追われてしまう」(山本氏)からである。
山本氏は、生成AIを「優秀だけど、ちょっと融通の利かない新人メンバー」と表現し、人間が生成AIに対して上司として関わるべきだと説く。例えば、生成AIが活躍できる場を見つける、ビジネスプロセスに生成AIを組み込む、教育を施す(学習させる)、挙動を監視する、学習データを修正する、といった具合である。
生成AIを効果的に活用するためには、新人の指導と同様に、言語の精度が重要になる(図2)。5W1Hを明確にした論理的な構文作成、状況の具体的表現、数値などの定量的データ活用、用語の正確で一貫した表現、などが求められる。
図2:生成AIと新人メンバーを育てるための言葉のテクニック拡大画像表示
例えば、「処理をする」といった、何をすればいいのか確定しない曖昧な表現は避け、「入力する」といった具体的な指示を出すことが重要という。「生成AIをうまく使うことは、人間と正しくコミュニケーションすることに近い。人ときちんと接するためのテクニックが、そのまま機械にも適用できる」(山本氏)。
改善から変革へ、ビジネスアーキテクトの育成が必要
生成AIの活用レベルは、個人作業、機能、プロセス、全社事業まで、複数の階層に分かれている。ここで、「個人作業レベルを積み上げても、AI前提のビジネスモデルを構築した企業には対抗できない」と山本氏は警鐘を鳴らす(図3)。
図3:全社レベルで生成AIを活用するためにはビジネスアーキテクトの育成が必要拡大画像表示
重要なポイントは、「業務改善」と「変革」の違いである。業務改善は、現場の問題を着実に改善する活動だが、ビジネスへのインパクトは限定的。一方、変革は、目指すビジネスモデルから逆算して大きな変化を生み出すものであり、改善とはまったく異なる取り組みとなる。
経済産業省が2024年7月に改訂した「デジタルスキル標準」では、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に必要な職種の1つとして、「ビジネスアーキテクト」を定義している。ビジネス視点からビジネス全体の変革を考える専門家である。「ビジネスプロセスやビジネスモデルに対してビジョンを持つ専門家の育成が、ビジネス変革において必須になる」と山本氏は強調する。
「日本のDXは、改善の壁を超えておらず、真の変革には至っていない。ビジネス変革を企画できる人材をいかに育成していくかが重要になる。これにより初めて、ビジネスプロセスマネジメントやプロセスマイニングを活用する余地が生まれる」(山本氏)。
生成AIは、単なるツールではない。ビジネスモデル全体を変革する可能性を秘めている。しかし、変革の実現には、技術の導入を超えた人材育成が不可欠である。生成AIという「優秀な新人」を上手に育てる企業が、次の時代を制することになる。
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