[市場動向]

行政機関のIT化が困難な理由と、先進自治体における取り組み事例

民間企業も参考にしたい、福島県喜多方市と富山県南砺市の取り組み

2009年9月25日(金)佃 均(ITジャーナリスト)

前回、「電子政府システムがITの導入には成功したが、IT化には失敗した典型例となっている」ことを見た。しかし地方自治体、特に市のレベルになると話は別。民間企業の視点から見ても参考になる事例がある。福島県喜多方市と、富山県南砺市の取り組みを紹介する。

 民間企業の多くは、生産者から最終消費者まで、組織や企業の壁を越えたプロセスの最適化に取り組んでいる。行政機関でも、個人や企業が行政機関に送る情報の作成時点から蓄積した情報を利活用するまで、利用者視点の行政のバリューチェーンを確立する──。これは2009年3月26日、経済産業省の「CIO百人が考える電子政府研究会」がまとめた資料、『電子行政2ndステージに向けて』にある今後の電子政府プロジェクトの方向性に関する締めくくりのメッセージだ。

 同研究会では昨年秋から今年春まで、ほぼ2週に1回のペースで行政機関の情報システム担当者、CIO補佐官と、民間企業のCIOがテーマごとに意見を交換してきた。鮮明になったのは、同じ「CIO」という肩書きでも、行政機関と民間では役割や権限に大きな違いがあることだった。行政機関では76%の機関・団体に「CIOもしくはそれに準じる職員」が設置されているが、そのうちの4割が首長、副知事、事務次官、3割が情報システム部門長が兼務している。IT担当役員が8割を占める民間とは大きく異なっている。

 行政事務のトップがCIOを兼務すれば、それだけで電子行政システムの構築や活用を推進できるわけではない。ITに精通しているか、その重要性を認識している首長や事務方トップがCIOを兼ねればいいが、多くはそのほかに多くの仕事を持っていて、ITのプライオリティは低い。あるいは「ITは難しくて……」と及び腰だ。

 そこで行政機関は「CIO補佐官」という職務を設け、民間の人材を招聘している。大手の金融機関や保険会社、製造業などで、システム設計やプロジェクト管理に従事したベテランが多い。ところが、こうした人材が活躍できない。同研究会が調査した結果(グラフ)を見れば一目瞭然だろう。

図1 CIO/CIO補佐官の権限
図1:CIO/CIO補佐官の権限

なぜ現場は動かないか

 保険会社の情報システムに長年携わり、現在は大学でITの視点に立った安全・安心社会の実現を論じている、ある政令指定都市のCIO補佐官。ITに加え地域社会の問題にも精通する同氏は、次のように自嘲気味に話す。

 「CIO補佐官には何の権限もないので、実際はアドバイザーに近いんです。公務と認められれば交通費と日当が出る。何か相談ごとがあると、情報システム部門の人が電話をかけてくる。相談には応じるし提案もするが、現場は動かない。そんな感じですから、アルバイトというか名誉職というか…」。

 課題があったから、市の情報システム部門は同氏に専門知識・ノウハウの提供を求めるのではないか。なのになぜ動かないのか。「人口と市域面積、行政職員の数、政令指定都市の守備範囲。どれを取っても、とても1人の手に負えません。それとインターネット時代に合わせて全体を最適化しようとすると、旧来の“常識”である個別対応型が通用しない。行政のプロセスや組織を抜本的に変えなければなりません。ところが人は、外部からの圧力で現状の安定を乱される、強制的に変えられることに抵抗があります」。

 ある県に民間から招かれた別のCIO補佐官はこう話す。「CIO補佐官といっても、実質は2年とか、3年の契約社員と一緒。知事が任命したとはいえ、落下傘で降りてきた人間に対し、現場が抵抗するのは当然です、あるいは契約期間が過ぎたら民間に戻るんだろう、と思うのが普通でしょう。言うことを素直に聞いてシステムや業務を変革したって、責任は誰が取るのか、後の面倒は誰が見るんだ、そんなヤツの言うことなんか聞けるか、となります」。

 こういう話を聞くと、「利用者視点の行政のバリューチェーン=本連載のテーマである21世紀型情報システムの1つ」を実現するのは、至難に思えてくる。CIO/CIO補佐官の位置づけや権限を強化し、組織や業務フローを見直しても、行政機関について回る“ぬるま湯体質”、別の言い方をすると自ら稼ぐ必要のない組織運営が生み出した職員の平等意識と無謬の原則が立ちはだかる。IT活用に先進的な自治体として知られる長崎県や高知県などは、例外的な成功例なのかもしれない。

住民と直接向き合う

 ところが同じ行政機関でも、人口10万人未満の自治体では雰囲気がガラッと変わる。市外在住者とも地域情報を共有している愛媛県新居浜市、ユーチューブで域内情報を公開している福島県会津若松市、物産情報サイトを市民ボランティアと共同で立ち上げた北海道江別市、オープンソース・ソフトウェアで地域コミュニティ・ネットワークを構築した静岡県掛川市など、ユニークな取組みはいくらでもある。

 かねて筆者は、21世紀型情報システムを模索するなら、中小企業や地方自治体の取り組みを知る必要があると主張してきた。それは(1)担当者が全体を見渡せる規模である、(2)組織の組み立てや階層がシンプルである、(3)業務プロセスが簡素であるか標準化しやすい、(4)利用者との距離が限りなくゼロに近く、直接向き合っているという背景があるため、「何をすべきか」が明確なのが理由だ。

 逆説的にいうと、現在の組織や業務プロセスをそのように改善すれば、21世紀型の情報システムや、それを支える“情報の海”は構築しやすくなるというわけだ。では、どのような点が国や都道府県と違うのだろうか。今回は2の事例を紹介したい。

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