日本たばこ産業のシステム改革が、実を結びつつある。現在、500台に上るサーバーを仮想環境に着々と統合。インフラコストの最適化を進めているのだ。プロジェクトを推進したリーダーは、時には自ら“泥”をかぶり、ベンダーの協働関係を築いた。 聞き手は本誌編集長・田口 潤 Photo:陶山 勉
- 藪嵜 清氏
- 日本たばこ産業 IT部 次長(工学博士)
- 1995年4月、JTに入社。JTインターナショナル、たばこ事業部・事業企画室、中国事業部を経て2009年1月、IT部に着任。IT部管轄下の海外拠点におけるIT支援のほか、国内におけるプライベートクラウドやERM(Enterprise Risk Management)、DCM(Data CenterManagement)をリードしている。
- 鳥居亮弘氏
- 日本たばこ産業 IT部 主任
- システムインテグレーターにてサーバ構築・運用保守を行った後、大手ITコンサルティング会社に転職。ITコスト削減コンサルティングや大規模プロジェクトにおけるPMOを経験し、2010年5月にJTに入社。プライベートクラウド導入、全社共通システムリプレースに携わる。
─今日は、日本たばこ産業(JT)が2010年から利用している「インフラ共通基盤サービス」について伺います。これは一体、どんなものですか。
鳥居:簡単に言うと、当社のデータセンター内にITベンダーがハードウェアやOS、ミドルウェアを設置。それを従量課金で利用するサービス体系です。
─言うなれば「持たざるプライベートクラウド」ですね。最近、同様の仕組みを導入する企業が増えていますが、当時はまだそうした取り組みは少なかったはずです。まずは背景から教えてください。
藪嵜: 話は1998年までさかのぼります。その頃、当社の情報システムの管理は各部門に分散しました。各業務アプリケーションは、各業務部門のIT担当がそれぞれ業務に合ったものを開発、運用する体制だったんです。全社共通のネットワークとかメール、掲示板といった共通基盤は、コーポレート部門のITチームが担当していました。
─各部門が個別最適のシステムを導入していて、全体を統括するシステム部門が存在しなかった?
鳥居:そうです。それがシステムのサイロ化を招いてしまった。数字で言えば、アプリケーションは100以上、サーバーはWindows系やUNIX系を合わせて約500台ありました。業務部門任せのシステム導入を進めた結果、必然的にITコストは高くなるし、経営ニーズを満たすのも難しくなっていました。
藪嵜: そこでインフラの維持コストを減らし、その分を戦略投資に回すことなども目標に掲げ、再び集中型に舵を切り直したんです。そのために2009年、業務部門に散らばっていたIT担当を再び集めて組織化。5年計画で個別最適で作られたシステムを統合化・標準化・可視化することに着手しました。
─それが今のIT部ですね。何人くらい所属しています?
藪嵜: 発足時は34人、今は少し増えて50人ほどです。
─その人数で海外拠点のITも見ているんですか。
藪嵜: いいえ。日本と中国を除く海外のたばこ事業に関しては、子会社であるJTインターナショナルのIT部門が担っています。
─なるほど。それにしても個別最適だったシステムを全体最適に持っていくのは、並大抵ではできないように思います。まず何から着手しましたか。
技術を指定せず利用イメージ伝えて自由な提案を募った
鳥居:最初に手がけたのはIT資産の洗い出しです。社内のどこにどのようなシステムがあるかをリストアップ。どんなシステム構成なのかも洗い出し、それぞれがいつ更改期を迎えるかを調査しました。次に可視化した全社のシステムを、重要度と緊急度という2軸でグルーピング。グループごとに、どの程度の信頼性や性能が必要かを検討しました。
─グルーピングは何のために?
鳥居:基盤の共通化に向けてのことです。24時間365日無停止が要求されるものや、土日なら止めてもいいものなど、様々なシステムがあります。それをいくつかにパターン化しないと、基盤を共通化できません。そこでグルーピング結果を基に、インフラの要件をA、B、C、開発のように4つのクラス作りました。最上位のAは可用性が高く、逆にCは可用性が低くといった感じです。
─100以上のアプリケーションを調査してグループ分けするのは大変な作業だったのでは。
鳥居:そうですね。我々だけでは難しいので、NTTデータウェーブに協力を依頼しました。
─NTTデータウェーブは、もともと御社のシステム子会社だった会社ですね。
藪嵜: ええ。元ジェイティソフトサービスと言ったほうが分かりやすいかも知れませんね。2002年にNTTデータ傘下となり、現在の社名になりましたが、その後もJTの各部門におけるシステム開発・導入を支援してもらっていました。
─その協力を得て、システム資産の洗い出しはスムーズに進んだ?
鳥居:2009年中には完了しました。そこからRFI(情報依頼)、RFP(提案依頼)という流れです。
─ベンダー選定に入った。何社くらいに要求を出したんですか。
藪嵜: 10社弱にRFIを依頼しました。RFPをお願いしたのはその半分以下です。
─RFPでは「持たざるプライベートクラウド」の要件や、実現手段なども指定しましたか。
鳥居:いえ。最新の技術動向については、ベンダーのほうが詳しいですから、細かくは指定しませんでした。外部の専門家の自由な発想や提案力を生かした方が得策、言ってみれば「餅は餅屋」という考え方です。
─とはいえ何か前提条件がないとベンダーは提案しにくいのでは。
藪嵜: もちろん、こちらのイメージが分かるようなRFPを作りましたよ。サーバーを仮想化し、従量課金サービスとして利用したい。ただし、JTのデータセンター内に構築すること。そんな内容です。一方でハードやソフト、ネットワークといった当社のIT環境を、守秘義務契約を結んで開示しました。
─「すべて見せます。何ができるかを提案して下さい」というスタンスですね。結果はどうでした? 提案内容に明確な差はありましたか。
鳥居:技術面での違いはそれほどなかったですね。大きなポイントになったのはコスト、それからサポートです。中長期にわたってサポートしてくれないと、こちらとしてはつきあえない。クラウドと言っても、そうそうベンダーを乗り換えるわけにはいきませんから。
藪嵜: 体制も見ましたよ。PMPや情報処理技術者などの資格保持者がどれだけいるかを判断材料にしました。それから提案の“勢い”もね。
─その結果、選んだのが?
藪嵜: 日立製作所です。
─それまで同社とのつきあいは。
藪嵜: 多少ありました。2010年3月末、正式に契約しました。
ベンダー間の利害を調整、頭を下げて理解を求めた
日本たばこ産業本社(上)と看板商品の1つであるコーヒー飲料(下)
─ここまでは、まだ前段ですよね。契約後に何をしましたか。
鳥居:契約プロセスの可視化です。メニューの選び方や契約事務の手順などをドキュメント化したんですよ。今回の案件は受託開発ではないので、日立に「今度こういうシステムを開発するから、サーバーを用意して」と依頼するわけにはいきません。ユーザー自らがシステムの要件に応じて、最適なメニューを選ぶ必要があります。
─今回の「インフラ共通基盤サービス」はJT専用ですが、所有者はベンダーである日立。あまり、細かくは指定できないんですね?
鳥居:当社はサービス利用者という立場ですから、細かく「こうしてくれ」と指示するわけにはいきません。「サービスメニューを拡張してほしい」といったニーズがあれば、それをサービス要望という形で日立に示し、双方で議論して必要なら新しいサービスを規定するという感じです。
─なるほど。一方で既存システムを順次、新基盤に移行する作業もありますよね。それはスムーズにいくものなんでしょうか?
藪嵜: いえ、それが…。
─何がありました?
藪嵜: インフラ統合によって発生する利害関係の調整が必要でした。
─利害関係?
藪嵜: 有り体に言うと、既存システムの開発・運用をお願いしているベンダーの説得ですよ。
─具体的にお話いただくと?
藪嵜: アプリケーションは今後も従来のものを継続して使いますが、インフラは新しいサービスに統合していく。つまり、インフラ領域のベンダスイッチを実施したわけです。
─既存ベンダーの協力が得られないと、移行も今後の運用もスムーズにいかない。それで調整が必要だった、と。どうしました?
藪嵜: 「社として、こういう方針になった。申し訳ないが、何とかご理解とご協力をいただきたい」と頭を下げました。あるいはベンダーの上層部に事情を説明したりね。
─発注者の立場で一方的に言い渡すのではなく、頭を下げた(笑)。
藪嵜: プロジェクトを円滑に回すためなら、いくらでも下げますよ。私の頭でよければ(笑)。
鳥居:横で見ていて、「すごい人だ」と思いました。
藪嵜: 人によってやり方は違うと思いますが、“和”を重んじながら調整するのが私のやり方です。インフラを日立に任せるからといって、取り引きがなくなるわけではないことも、もちろん強調しました。実際、ベンダーに支払ってきたシステム費用のうち、インフラが占める費用は大きくないんです。
─確かに、その上のレイヤー、つまりアプリケーション開発・運用費の方が大きいでしょうね。それで既存システムに関わるベンダーは納得してくれましたか?
藪嵜: なんとか。現場に漂っていた緊張感も徐々に薄れていきました。
─藪嵜さんが雪解けのきっかけになったというわけですね。
藪嵜: ま、泥かぶり役です(笑)。
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