[「人間中心のAI」で企業変革を加速する─生成AIの進化・活用のこれから]
「責任あるAI活用」に不可欠なAIガバナンス、企業がなすべき取り組みは?:第7回
2025年10月1日(水)西村 啓太(博報堂DYホールディングス Human-Centered AI Institute 所長補佐)
AIの進化と規制の変化が加速する中、企業にはリスクを管理し、従業員が安心して活用できる仕組みづくりが不可欠である。本連載では、具体的なアプローチを交えながら、企業がAIをどのように向き合い、活用し、未来の成長に役立てていくかを考察していく。第7回では、「責任あるAI活用」に不可欠なAIガバナンスについて、博報堂DYグループの事例を基に具体的な取り組み方を解説する。

「AIポリシー」が示すリスクと関わり方
最新のAIを高度に活用することで、企業はもとより、社会や産業全体の発展が期待されている。そこでは、AIの適正な利用を促すためのガバナンスが必要不可欠な取り組みとなる。
博報堂DYグループが携わる広告業界で言うと、請け負ったクリエイティブにAIの不適切利用があればクライアントに迷惑をかけてしまうことになる。意図せずとも著作権侵害などが発生してしまうようなリスクがある。
筆者が所属するHuman-
当社グループは2024年8月、「AIポリシー」を公開した。AIのリスクと適切な関わり方について公明正大なスタンスを示すことが重要であるという考えに基づく活用指針である。その策定にあたっては、日本政府のAIガイドラインをはじめ、世界各国のAI規制動向、業界、団体、先進事業者のAIポリシーを多角的に検討した。加えて、生活者中心の原則、社会貢献、生活者の可能性追求、知的財産保護など、当社グループが重視する要素を盛り込んでいる。
さらに、AIを「人間の想いを解き放つもの」と位置づけ、生活者を中心としたAI技術開発の推進と、生活者と企業社会の新たな価値創造へのAI活用を明記した。知的財産保護については、AI利用による著作権・商標権などの侵害がないよう適切な措置を講じ、クライアントやクリエイターの権利尊重を表明している。
こうして定めた企業グループとしてのAIポリシーが、グループ内ガイドライン、相談窓口、画像類似チェッカーツールの活用といった具体的な取り組みにつながっている。
実務上のルールを定める「生成AIガイドライン」
博報堂DYグループでは、AIポリシーで理念を示すのと同時に、「生成AIガイドライン」として、社内における生成AIの業務利用における具体的なルールと条件を定めている(図1)。
図1:AIポリシーと生成AIガイドライン(出典:Human-Centered AI Institute)拡大画像表示
従業員のAIリテラシーはさまざまで、AIに詳しい人もいれば、ほとんど利用せずに不慣れな人もいる。そのためガイドラインでは、ファクトチェックの必要性や法的リスク、レピュテーションリスク、社外ツール利用における利用規約の確認、商用利用の可否チェックなど、基本的事項から網羅的にルールや条件を明示する必要がある。
ガイドラインの対象は、自社にとどまらず、グループ会社やパートナーにも及ぶ業界が多い。広告業界の場合は、制作会社やクリエイターなどの委託先・再委託先がそれにあたり、ガイドラインには、委託先からの納品物のファクトチェック、類似性チェックを行うこと、業務委託契約をする際にも生成AIの利用について記載するなどを明記している。
●Next:博報堂DYグループのアクション─AIに関する窓口の一元化、従業員が自己解決できるツールの開発
AI活用を支える横断窓口の仕組み
生成AIの活用が広がる中で懸念されるのが、会社の規程/ガイドラインや承認フローを十分に確認せず、社員が生成AIを業務で利用してしまうケースだ。そういったリスクに備え、当社グループでは、グループ横断でAIに関する問い合わせ窓口を一本化し、どのグループ企業からでも問い合わせを受けられる体制を整備している(図2)。
図2:生成AIに関する相談窓口の一元化(出典:Human-Centered AI Institute)拡大画像表示
グループ会社間で業務上の競合が発生するケースもあるため、各社の一次窓口で受け付けた後、クライアント情報などを削除したうえでグループ全体の窓口に問い合わせを集約している。
この窓口は法務・総務・情シス・広報・リスクコンサルティングなど全社の関係者で協議を行い、博報堂DYホールディングスのCAIO(Chief AI Officer)である森が確認して最終的な回答を行うプロセスとしている。
FAQも作成して類似質問は迅速な解決ができるように整備しているものの、現状では簡単に回答できない問い合わせが毎日2、3件発生している状況である。
画像類似度チェッカーで従業員主体のリスク管理を実現
迅速な問い合わせ対応には、従業員が自己解決できる仕組みも必要になる。特に生成AIが生成したコンテンツのチェックは重要だ。
生成AIのリスクには「無限定性」という特徴があると言われている。従来、新しい技術を利用するのはITエンジニアや情報システム部門が主であったが、生成AIの敷居は低く、だれでも利用できることと、画像やテキスト、動画、音楽などさまざまなものを生成でき、用途も無限定であること。この2つの無限定性により、「だれしもが、だれかの著作権を侵害しうる」のである。
経済産業省の「コンテンツ制作のための生成AI利活用ガイドブック」では、ゲームやアニメなどコンテンツ業界と並んで、広告業界も名指しで活用シーンや留意点が示されている(画面1)。その中にある「他人の著作物と類似性の確認」という項目には、「必須」マークが付けられている。
これまで省庁が公表してきたガイドラインには「必須」という記載はあまり見当たらず、この事項がいかに重要であるかを示していると言える。
画面1:経済産業省が2024年7月に公開した「コンテンツ制作のための生成AI利活用ガイドブック」では、主にゲーム、アニメ、広告の各産業における具体的な生成AIの活用事例と、その際の法的・倫理的リスク、およびそれらへの対応策を示している(出典:経済産業省)拡大画像表示
このような背景から、当社グループではセキュリティやAIガバナンスに精通しているAcompany(本社:愛知県名古屋市)と協業し、画像の類似度チェッカーツールを開発した(画面2)。
画面2:画像の類似度を自動計算し、リスクが高いものを表示する(出典:Human-Centered AI Institute)拡大画像表示
このツールでは、チェック対象の画像をWeb検索すると、既存の画像との類似度を自動で計算する。リスクが高い順に既存の画像を並び替え、特にリスクが高いと思われるものは強調して表示する。画像の類似度は、画像がどのような場所にあり、どのようなものが描かれているのかといった「意味」と、どのような構図で何がどこに配置されているかといった「構造」の2つの観点で判定している。
また、画像に関連するキーワードを自動で生成でき、例えば画像から「自然光を反射するサイダーグラス」といったキーワードが出力されると、そのキーワードでさらに画像検索を行うこともできる。これにより、新たに発見された画像との類似度を計算することも可能だ。クライアントから請け負う業務の場合、そのクライアントの競合企業との類似度チェックも重要であるため、このツールでは競合の社名やブランド名を追加し、リスクチェックができる機能も備えている。
広告業界では、以前より制作物に対するオリジナリティのチェックを厳格に行ってきた。そこに、各部門の担当者自身がツールを活用してリスクチェックを行える仕組みが加わったかたちである。
AIの進化と共に継続的なアップデートを
今回は、企業のAI活用の原則となるAIポリシーの下、AIガイドラインの策定や問い合わせ窓口の設置、違反を未然に防ぐツールの活用など、当社グループを例に、AIガバナンスへの取り組みを具体的に紹介した。省庁や他社の事例も参考にした多角的な取り組みによって、AIを活用する業務を安心・安全に実行できるようになる。
新しいツールが登場すれば、それに伴って新しいリスクも常に生まれてくる。そのため、ガバナンスやリスク管理の取り組みは、AI技術の進化をつぶさに追いながら見直しを行うことが欠かせない。継続的に情報をキャッチアップし、常に最新化された対策を講じ続けていく必要があるだろう。
●筆者プロフィール

西村 啓太(にしむら けいた)
博報堂DYホールディングス Human-Centered AI Institute 所長補佐
The University of York, M.Sc. in Environmental Economics and Environmental Management修了、およびCentral Saint Martins College of Art & Design, M.A. in Design Studies修了。博報堂コンサルティングにてブランド戦略および事業戦略に関するコンサルティングに従事。博報堂ネットプリズムの設立、エグゼクティブ・マネージャーを経て、2018年より博報堂DYホールディングスにて研究開発および事業開発に従事。
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