[AI/先端技術の「変化の深層」を読み解く─戦略リサーチャーのTechnote]
AIと働き方の未来─データと論文から考えるこれからの人材戦略[後編]:第2回
2025年12月2日(火)丁 晟彦(Ridgelinez Research Center Manager)
AI技術の進化はかつてない速度で進み、ビジネスや組織のあり方に大きな変化をもたらしている。ITリーダーは日々飛び交う情報の中から本質を見極め、戦略的に 評価する視座が求められている。本連載では、国内外の最新動向やユースケースに詳しいリサーチャーが、AIとデジタル活用をめぐる注目のトピックや背景を読み解き、ビジネス変革に向けた思考の材料を提示する。第2回となる今回は、AI利用の広がりが労働市場や人のスキル に与えた変化をより細かく見ていくと共に、人とAIの協働のあり方を取り上げる。そのうえで、これからのリーダーがとるべき人材戦略の方向性を展望する。
本連載の第1回では、テック業界における人員削減の波を入口に、AI利用の拡大が労働市場に及ぼすマクロな変化を考察しました。長期的に大規模な雇用の創出・淘汰が見込まれ、求められるスキルセットにも地殻変動というべき変容が生じうることが示唆される中、すでに人材市場にもその兆候が現れ始めていることを確認しました。
第2回となる本稿では、AIが人の働き方にどういった影響を与えているのか、よりミクロな視点から迫ります。そのうえで、これからのリーダーが念頭に置くべき人材戦略の方向性について考えます。
AIが競争をめぐる力学を変化させる
マクロな予測に加え、ミクロな市場で実際に何が起きているかを実証的に分析したのが、米ワシントン大学や中国科学技術大学による論文「"Generate" the Future of Work through AI: Empirical Evidence from Online Labor Markets」(arXiv:2308.05201v3)です。大手人材サービスプラットフォームの膨大なデータを分析し、生成AIが市場に与えた具体的な影響を明らかにしています。
同論文によれば、生成AIの市場への影響は多岐にわたります。まず、生成AI(ChatGPT)の登場後、AIの能力と親和性の高いスキルを要するサブマーケットでは、AIによる労働の代替(displacement)に伴い、仕事の依頼の著しい減少が観測されています。また、フリーランサーの間では、競争の激化も起きています。仕事の需要の減少を、供給の減少が上回っていることがその要因です。
さらに、この競争の激化は特にプログラミング関連の職種で顕著であり、同論文はその背景として、労働者のスキル移行(skill-transition)を指摘しています。すなわち、生成AIがプログラミングの参入障壁を下げたことで、既存のフリーランサーがプログラミング関連の仕事に流入した、と見ています。一方で、このスキル移行は一様ではなく、もともと評価や実績の高い「高スキル層」のフリーランサーが、この移行を不均衡なほど主導していたという事実も指摘しています。
この研究が示すのは、AIが単に仕事を奪うだけでなく、労働市場の競争をめぐる力学を変質させているという事実です。意欲と能力のある労働者にとって、AIは新たな高付加価値領域への参入を助けるツールとなり、そうでない労働者にとってはより厳しい競争環境をもたらす可能性があります。結果として、労働者間での二極化が加速することを示唆しています。
●Next:AI導入では「人間の裁量」の割合がポイントに
会員登録(無料)が必要です
- 1
- 2
- 3
- 次へ >
- AIと働き方の未来─データと論文から考えるこれからの人材戦略[前編]:第1回(2025/09/22)



































