巧みなデータ活用の推進で事業を変革し続けることは、企業が避けて通れない重要なテーマだ。しかし、その具現化は一筋縄にはいかない。2024年3月8日に開催された「データマネジメント2024」(主催:日本データマネジメント・コンソーシアム〈JDMC〉、インプレス)のセッションに登壇したマクニカの阿部 幸太 氏は、自身のこれまでの失敗やその克服に基づいて「体験ファースト」の重要性を説いた。
提供:株式会社マクニカ
「私がこれまで積み重ねてきた経験や失敗を、この場でぜひ皆さんと共有したいのです」──。マクニカ イノベーション戦略事業本部 デジタルインダストリー事業部でエバンジェリストを務める阿部幸太氏は、こう切り出した。
かつて、戦略系コンサルティング企業で製造業向けのマーケティングおよび営業支援に従事していた阿部氏。マクニカに移ってからは、シリコンバレーを中心に海外で最新の電子コンポーネントのマーケティングおよび導入支援を、国内の製造業の設計開発部門向けに実施してきた。現在は、製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)支援事業の推進にも携わっている。
積み重ねた失敗や経験から学んだこと
2013年、阿部氏らの20人チームは、当時のドイツ首相メルケル氏が提唱した「Industrie 4.0」対応策として、自動車業界や産業装置業界向けに半導体など先端コンポーネントやサイバーセキュリティ商材の導入支援のソフトやハードの受託開発を展開していた。顧客より「バラバラなものではなく、Industrie4.0を持ってきて欲しい」という要求があり、結成された当初は成功を楽観視していたものの、製造現場のデータを統合することの難しさから多大な赤字を経験したという。2016年にはAIの重要性の高まりと共に製造業のドメインナレッジとデータ収集・分析を同時に出来るという観点で多くの引き合いがあり、チームは50人に拡大。在庫の最適化、品質向上などの分析が主流となっていたが、PoCでは上手くいっても実業務への適用段階でのハードルに直面し多くのプロジェクトが停滞してしまった。
教訓として身を持って学んだのは、データの扱いと業務プロセス見直しの重要性だった。2018年以降は顧客と計画段階からDXの実行に伴走し、ITアーキテクト、UXデザイナーやアジャイル開発支援、データマネジメント、プロセスエンジニアを含む70人体制を築いた。これまで製造業のデジタル化やAI導入など350件以上の案件を通じて経験を積んできている(図1)。
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かつては、生産性の向上や在庫の最適化、間接費用の透明化やダイナミックケイパビリティの獲得など内部改革を意識したプロジェクトと、製造業がエンドユーザーに対してデータサービスを提供する外部への付加価値向上を意識したプロジェクトを分けて実行する企業が多かったが、近年は内のDXと外のDXの連動を意識したプロジェクトが増加している。そうした最先端の取り組みを支える上で役に立っているのが、過去の失敗と克服を通じて積み重ねてきた経験知だ。
これまで経験してきた失敗や得られた教訓
【事例1】経営ダッシュボード構築の案件
その企業では、データドリブン経営を目指したものの、「ERPを刷新したにも関わらず、見たいデータが見られない」という課題に直面していた。グローバル市場の拡大と即納要求の増加によって品種が膨れ上がり、どの拠点でどの品目がどれだけ生産されているかの一元管理が難しくなっていたのだ。課題解消への経緯としては、当初は誰がどのタイミングで何のデータを見て、何を判断しているかの整理から始まり、大きな投資をせず簡易的にデータを繋ぎ合わせたシステムで運用しながら、2~3年の運用を経て成果をものにした。
プロジェクトでは、「データに基づく判断に不慣れな人々がシステム投資の意義を理解すること」「データの完全一致を目指すのではなく主要製品の売上の80%に焦点を当てること」を重要視したという。一連の経験で得られた教訓について阿部氏は、「机上論で最初から欲張るのではなく、実際に体験し、ニーズに応じてシステムをブラッシュアップしていく過程が大事です」と強調した。
【事例2】装置メーカーを対象とした不具合対応のスマート化案件
特定のエンジニアでなければ故障箇所の診断が困難だった問題に対して、AIの活用で不具合箇所を推定することを試みた。対応時間を75%削減するメドが立ったものの、手放しでは喜べなかった。新システムを使う時間帯によってはパフォーマンスが思うように出ず、実用に耐えないという問題が露呈したのだ。つまり、現場の非機能要件を十分に考慮できていなかったのである。
多くの要求があったものの中から、実際のユーザーのニーズを深く理解した上で、必要な機能に絞り込むことで問題を解消。「実際に使う人々のニーズと現場の状況を正確に把握することが成功への鍵」と阿部氏は話す。副産物としてはコスト削減という効果も得られた。
【事例3】設備メーカーのサービス向上
装置を納入した先で異常検知サービスなどを提供し、顧客にとっての付加価値を高めようとの構想が根底にあった。ただ、セールス担当が新サービスをどのようなプロセスで紹介し推し進めていくかを当初は整備せずに開発が進んだことは問題だった。結果として、サービスは完成したものの販売活動は行われず、顧客からのフィードバックも得られなかった。
このプロジェクトは完成まで5年かかったが、「最初からセールスやサービスを巻き込み、一体となってプロジェクトを推進していたら1年で達成できたかもしれないと、お客様と一緒に反省しました」と阿部氏。セールスプロセスの整備不足や市場のニーズの見誤り、そして顧客体験の設計の欠如が時間のロスとなり、迷走することにつながってしまった(図2)。
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【事例4】生産設備メーカーの生産計画最適化
30人以上のチームによって人海戦術で生産計画を策定していたが、それでも部材の長納期化やフォーキャストのブレの拡大などにより人力の生産計画に限界を感じた顧客と、生産計画のAIシミュレーションの活用を試行するも、業務プロセスやビジネスルール、必要なデータの定義を明確化できず、いたずらに時間を浪費することとなった。あらためて業務と必要なデータと制約条件をクリアに出来る小さな範囲から始めることが打開の糸口になった。
最初からスコープを広げすぎると、様々なケースをカバーできるロジックの要件は非常に難易度が高く検討が進まないという問題に直面しがちだ。阿部氏は、「業務プロセス、ビジネスルール、各業務のデータを一つのセットとして考えることがシステム開発には不可欠であることを痛感しました」と振り返る。
価値を感じる「体験」をいち早く形にする
これらの苦い経験からは、「体験をいかに早く作るか」がとても重要であることを学んだという。それは、その後の自社におけるデータ活用や業務改革にも活かされることになった。
マクニカの主なビジネスは半導体ディストリビューションであり、グローバルな企業としての立場から様々な課題に直面している。昨今では半導体の納期が問題となっており、営業担当は常に顧客からの圧力にさらされている状況だ。その調整のために、表計算ソフトによる属人的な管理が横行。手間暇がかかり、本来の業務から離れた作業に追われることもしばしばだった。
抜本的な解決に向け、ローコード開発ツール「Mendix」を使用して2日間でアプリケーションを開発。基幹システムのデータを直接引き出すことによって、製品リストや在庫、オーダー情報を瞬時に確認できるようにした。1製品あたり15分かかっていたものが5秒で処理できるようになり、業務品質は格段に向上した(図3)。この体験を起点に、業務部門と情報システム部門が連携する動きが加速したという。「実際に目で見て体験するまでは、誰も価値を理解しなかった。体験の重要性を深く理解する出来事でした」(阿部氏)。
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近年のマクニカでは業務部門とIT部門の混成チームのプロジェクトが増加しており、その成功のためには現場の知見を言語化し、仕組み化することが欠かせない。課題抽出と合意形成のプロセス自体が、プロジェクトのモチベーション向上につながることを実践を通じて理解した。
一連の取り組みの中でマクニカの情報システム責任者は、市場環境の急激な変化に対応するために、フィット・トゥ・スタンダードの進め方や、ノーコードプラットフォームを使用した業務部門IT部門融合型のアジャイル開発の手法が望ましいと社内を駆け回って丁寧に説明し続けたという。その結果、業務改革の必要性への理解が進み、プロジェクトに対する周囲の抵抗はなくなっていったそうだ。阿部氏は最後に次のように強調して講演を締めくくった。
「実際に組織・部門をまたいだ変革を始めようとすると、軋轢や短期的な学習工数の増加など痛みが伴うものですが、立場を超えて協力するためには、一緒に体験する、なるべく早く体験することが必要だと感じています。今、会社を変えなければならないと強い意欲を持って取り組んでいる方が多いと思います。私たちはそういった方々と一緒に話をすることで力を得ています。データ活用も業務改革も一筋縄には行きませんが、これからも皆さんと一緒に苦労を共にしていきたいと思います 」。
■お問い合わせ先
株式会社マクニカ
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