民主党が政権交代を果たした昨夏の衆院選と違い、去る7月の参院選ではマニフェストがあまり注目されずに、管総理の消費税増税発言ばかりが目立ち、結果として与党が大敗した。今夏の猛暑で既に国民の多くが忘れてしまっているだろうが、実はこのマニフェスト、日本の将来を左右しかねない重要なIT政策が暗号のように埋め込まれているのだ。
民主党の政権政策Manifesto2010の「強い経済」にある、グリーン・イノベーション、ライフ・イノベーション、観光、クールジャパン、医療・介護などの新たな成長産業、人材育成、総合特区などがそれで、これらは暗示的に現在の国家IT戦略である「新たな情報通信技術戦略」(通称、新IT戦略、6月22日公表)の項目を示している。
せっかく新IT戦略を閣議決定したのに、それがマニフェストに明示的に入っていないのは、ITは難しいので国民に理解されないのではという民主党の思慮と、野党時代にはIT政策を掲げたことのない民主党の体質なのかもしれない。何しろ、この新IT戦略が策定されるまでに、民主党情報通信議連:「情報通信八策」、総務省:「原口ビジョンⅡ」、経済産業省:「情報経済革新戦略」と、3つの関連提言、政策が公表されている。
この乱立したIT政策・提言の経緯を理解し、内容を説明できる与党議員はかなり少ないだろう。説明できないものは、暗示的に埋め込む、とした結果が今回のマニフェストだったと思われる。それにしても、これらをどうにかとりまとめて新IT戦略とし、工程表まで仕上げた官僚の努力は大いに評価したい所だ。今回は彼らの努力の補足として、情報通信八策、原口ビジョン、情報経済革新戦略、そして新IT戦略の関係性を紹介したい。
情報通信八策(民主党情報通信議連)
まず、情報通信八策だが、これは7月の参院選に向けて民主党情報通信議連が策定したもので、情報通信文化省設立等の強力な推進体制の確立、IT投資倍増、電子政府で行政コスト半減、ITによる教育の向上、医療のIT化による高度化、全世帯に光ファイバー網設置(光の道構想)、コンテンツ強化、ITによる温暖化対策の8つを謳っている。内容的にはほとんどが昨年末の原口ビジョン初版を踏襲し、それに政治的アジテーションを加えた形だ。例えば、原口ビジョンでは封印された「情報通信文化省設立」が入っているのが面白い。余談だが、この項目は野党である自民党の新ICT戦略「デジタル・ニッポン」にも入っていて、与党民主党が官僚の反対を押し切って提言した所が面白い。但し、新IT戦略では無視されていて、当然マニフェストにも入っていない。
原口ビジョンⅡ(総務省)
次に総務省の原口ビジョンを紹介したい。昨年末に発表されたのを初版として、4月27日に公表されたものは「原口ビジョンⅡ」とされている。まずは成長戦略に先駆けて、自らの名前を関したビジョンを公表した原口大臣の勇気を評価したい。また、その内容は専門的な見地からもよくできている。原口ビジョンⅡは大きくは、「ICT維新ビジョン」、「緑の分権改革の推進」、「埋もれている資産の活用」の3大項目に分かれる。IT戦略は「ICT維新ビジョン」にまとめられているかと思うと、地方分権を唱える「緑の分権」の中に自治体クラウドが入っていたり、「埋もれている資産の活用」に共通番号制の話が入っていたりするのがややこしい。
「ICT維新ビジョン」は、「知識情報社会を支える基盤の構築」、「日本の総合力の発揮」、「地球的課題の解決に向けた国際貢献」の3つの中項目から成っている。
知識情報社会の基盤とは要するに光ファイバー網を100%普及させる「光の道」構想の事で、これは、ソフトバンク孫社長の肝いりとして業界的には有名だ。私としては、使いたくなるコンテンツがなければ必要ないとも思えるのだが、まずはインフラ投資という点は、かつての自民党のように見えなくもない。
「日本の総合力の発揮」は、ITによる経済成長を目指すもので内容的には、これまでマクロ経済視点が不足していた民主党にしては、随分と成長したものと評価できる。IT投資倍増、GDP3%成長、380万人の新規雇用を目指すもので、6月18日閣議決定の「新成長戦略」にも影響を及ぼしている。この項目の中で、教育、健康・医療・介護、電子行政、電波の有効利用、クラウド、電子書籍、デジタルコンテンツ、人材育成、地域のIT活用、研究開発強化、ITの国際展開、の11項目が入っている。この中で、電波の有効利用、電子書籍を除いた項目は、新IT戦略の中に盛り込まれている。
「地球的課題の解決に向けた国際貢献」は、ITによるCO2削減の事で、昨年民主党政権が国際公約にしてしまった1990年比25%削減の内、10%をITで請け負おうという内容だ。これも表現を変えて、新IT戦略の中に入っている。
情報経済革新戦略(経済産業省)
次に、経済産業省の「情報経済革新戦略」だ。これは産業構造審議会の流れからきているもので、産業政策でもある。しかし、副題が「情報通信コストの劇的低減を前提とした複合新産業の創出と社会システム構想の改革」となっているように、ITの戦略的活用を前提としたIT戦略でもあるのだ。
「情報経済革新戦略」は、「グローカライゼーションによるボリュームゾーン戦略」、「ブラックボックスとオープンを組み合わせた標準化戦略」、「世界最先端の省エネ・環境技術を活かしたものづくり」、「日本が強みとするコンテンツの海外展開支援」、「基盤となるクラウドコンピューティングの推進」、「ITによる産業の高次化と社会システムの革新」、「国民主導の電子政府実現」、「課題解決型社会システムの海外展開」の8大項目からなっている。
ボリューゾーン戦略、標準化戦略、コンテンツ、社会システム海外展開は産業政策で、これに環境やクラウド、電子政府、そして社会システム革新を加えた形だ。社会システム革新では、製造業だけでなく、原口ビジョンと同様に医療・介護も入っている。電子政府については原口ビジョンとほぼ同じだ。
余談かもしれないが、以上の内容を読み解くのは経緯を良く知った官僚以外にはよほど詳しい業界関係者でないとできないのではないかと思う。何しろ、本文と概要資料、エグゼクティブサマリで用語の使い方も違えば、項目の括り方も違う。
本文は、完全な官僚文書で、関係資料を遡ってよく読まない限りは理解できない代物だ。筆者も読破するのに3日間かかった。原口ビジョンが政治主導で作られていて結果として読み手にも理解しやすい構造でできているのに対して、「情報経済革新戦略」は読み手としての国民を意識しているとは思えない。直嶋大臣の政治主導が末端まで行き届いていないのではと思えてしまう。
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