─「トラステッド」で優位に立つ─ 2010年には20件以上の発表を実施──。国内大手メーカーの中で、最もクラウドコンピューティングに力を入れているかに見えるのが富士通だ。しかし、クラウド事業は、中核事業であるIT製品の開発・販売やシステムインテグレーション事業と厳しく競合する関係でもある。富士通はどこまでクラウドに本気なのか。IaaSからPaaS、SaaSまで多様なサービスを提供する狙いは何か。2回にわたって富士通の責任者に聞く。今回は、富士通のクラウド戦略についての考え方を明らかにする。聞き手:本誌編集部
- 阪井 洋之 氏
- クラウドビジネス企画本部 本部長
- 1983年入社。販売推進や業務改革推進等に従事。2010年より現職。全社のクラウド戦略、プロモーション、投資コントロール、制度改革を推進。
- 武居 正善 氏
- プラットフォームビジネス推進本部 本部長代理
- 1982年入社。オフィスコンピュータ、PCサーバーの開発に従事。2009年より現職。プライベートクラウド環境に向けたプロダクト販売推進を担当。
- 岡田 昭広 氏
- クラウドビジネスサポート本部 本部長
- 1981年入社。企業向けネットワークシステムの開発などに従事。2010年より現職。富士通のクラウド事業全般の基盤整備、事業の立ち上げを担当。
─米国のクラウド企業はおしなべて、IaaSやPaaS、SaaSのそれぞれに特化している。富士通は、そのすべてを提供していますし、加えていわゆる「箱売り」も、システムインテグレーション・サービスもあります。結果として、富士通のサービスの全体像が分かりにくくなっています。
阪井:確かにそういう面はありますね。
─厳しく見れば、自社の戦略やポリシーは横に置いて、ともかく何でも手がけ、ある意味で節操がない(笑)。このあたりを解き明かすのが、今回のインタビューの目的です。まずは組織と、皆さんの役割を、お聞きしたい。
阪井:おっしゃる通り、当社のクラウドコンピューティングの領域は、インフラからアプリケーションまですべてのレイヤーにまたがっています。その結果、昨年あたりは、各事業部や関係会社が個別にクラウドビジネスに取り組んでおり、「富士通」としての統一感に欠ける面があった。「節操がない」という指摘も、あながち間違いではありませんでした(笑)。
─富士通グループのシナジーを発揮する体制になかった?。
阪井:そういうことです。そこで全社的な立場でクラウドビジネスを統轄する部門として、2010年4月にクラウドコンピューティンググループが発足いたしました。
─役割分担はどうなっています?
阪井:私が担当するクラウドビジネス企画本部では、富士通グループにおける一貫した戦略立案や社内外へのプロモーション、投資の管理などを、岡田が統括するクラウドビジネスサポート本部では、サービスプラットフォームの開発・運用やフィールドへの技術支援・人材育成を担当しています。一方、特にプライベートクラウドを推進する上では、ハード/ソフト販売部隊との連携が欠かせません。それで武居のプラットフォームビジネス推進本部とも一緒にやっています。
─武居さんのクラウド事業へのかかわりは、プライベートクラウドということですか?
武居:そうです。少し前まではサーバー仮想化やストレージ統合といったIT基盤に閉じた案件が大半だったんですよ。最近ではそれに加えて、システム全体の標準化・自動化や業務プロセスの高度化に注目するお客様が増えています。単なるIT基盤の最適化だけでなく、ビジネスをどう高度化していくか、そのためにクラウドをどう活用するかという点に関心が移ってきている中で、プラットフォーム部隊がクラウド事業の一翼を担うのは自然なことです。
コストと性能のバランスに応じて複数サービスを用意
─では本題に入りましょう。2010年に富士通は、クラウド関連の主なものだけで20件近くも発表しました。子会社であるニフティが1月にクラウドサービス開始を発表したのを皮切りに、SAPやセールスフォース(SFDC)、マイクロソフトなど米大手との協業や、富士通自身のクラウドサービス、「オンデマンド仮想システムサービス」などです。いったい、ここにはどういう思想や考え方があるんでしょうか?
阪井:クラウドはITのあらゆる側面、分野に関わってきますよね。当然、お客様ごとに様々な異なるニーズが出てきます。1つのサービスでそれを満たすのは到底不可能で、最適な提案をするには複数のサービスを用意しておく必要があります。言い換えれば、お客様に直接サービスを提供している富士通の立場は、海外のクラウドベンダーとは異なるのです。
─なるほど。確かに富士通が「当社にはそういったサービスはありません」と言うことはできないでしょうね。だから自社によるクラウドサービスはもとより、外部の有力なクラウドサービス事業者とも協業すると。
阪井:その通りです。ですから2011年も、多くの新しいクラウドサービスを発表・提供することになると思いますよ。
─では、それは理解したとして、グループ企業も含めて富士通が提供するサービスを整理していただけますか。
岡田:まず、「ともかくスピードとコスト重視」というお客様向けには、先ほど話のあった「ニフティクラウド」を提供しています。これはパブリックなIaaSで、申し込みから決済まですべてWeb上で完結するので即座に、かつ簡単に始められます。
より高いサービスレベルとセキュアな環境でビジネスに活用する本格的なパブリッククラウドとして提供するのが、「オンデマンド仮想システムサービス」です。2010年10月にサービスインしたのですが、大変好評で、2カ月で既に約400システムが稼働中で、日々増加中です。2011年の2月から6月にかけて世界5拠点でサービス展開します。
─ニフティクラウドとの根本的な違いは、どういうことになりますか。
岡田:簡略化して言えば、基幹システムに必要な3階層システム構成をとれるアーキテクチャを採用しています。例えばインターネット経由だけでなく、広域イーサネットとIP-VPNによる完全な閉域網で利用できます。こうなると社内システムと同じなので、セキュリティレベルが全く違います。当然ですが、最初はコストを重視してインターネット経由で使い始め、途中から閉域網に移行することもできます。このようなパブリッククラウドは他に例を見ないと自負しています。
─その分、料金が違う?
岡田:(苦笑しながら)多少は・・・。
─ニフティクラウドはミニマムで12.6円/時、「オンデマンド仮想システムサービス」は25円/時と公表されています。
岡田:ミニマムの料金で比較するのは、あまり現実的ではないと(笑)。
─確かにそうですね。では、さらに要件が厳しい場合は?
岡田:ホスティングで対応することになります。「アプリはクラウド環境で動かしたいが、大事なデータはホスティング環境で持ちたい」という場合に、両者を組み合わせたハイブリッドタイプのサービスを提供できます。
─そこがちょっとややこしい。閉域網の「オンデマンド仮想システムサービス」は事実上、ホスティングと同じに思えます。
武居:その点は私から。簡単に言えば、サーバーやストレージが専用か、それとも共用かという点が違います。ホスティングは原則として前者です。ただこの境界は必ずしも明確ではありません。プライベートクラウド、パブリッククラウドで言えば、以前はIT基盤を自前で持つのが前者、外部のサービスを使うのが後者というイメージでしたよね?しかし現在は、IT基盤の場所がどこであれ、それをシェアするか、しないかで線引きする方が適切だと思います。
─武居さんの本音としては、やはり専用のIT基盤をユーザー企業に買ってもらいたい?
武居:いえいえ(笑)、そこはあまり気にしていません。きれい事に聞こえるかも知れませんが、ビジネスが成長すれば需要が増えるので、その方が有り難い。お客様のデータセンターに納入するのか、富士通のセンターに設置するのかが違うだけですからね。我々プロダクトの部隊はどんな形であれ、優れた製品を開発し、提供するのがミッションです。