不便を受け入れ、考えるためのIT活用への転換
2017年10月6日(金)CIO賢人倶楽部
「CIO賢人倶楽部」は、企業における情報システムの取り込みの重要性に鑑みて、CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)同士の意見交換や知見を共有し相互に支援しているコミュニティです。IT Leadersは、その趣旨に賛同し、オブザーバとして参加しています。同倶楽部のメンバーによるリレーコラムの転載許可をいただきました。順次、ご紹介していきます。今回は、ノバルティス ファーマの岩本直樹氏(情報システム事業部 ITコーポレートサービス部 部長)のオピニオンです。
はたしてIT技術やサービスは、本当に豊かな社会を築く一役を担えているのか? ITに携わる者の1人として、私自身が感じているこんな疑問を皆さんと共有したい。簡単に説明しよう。
人々は「便利と効率化」が豊かな社会を築くと信じ、それを実現する有効な手段としてIT技術に目をつけた。企業はコンピュータ化することで手間や負荷を下げ、業務効率を格段に上げようとしてきた。個人も生活を便利にし、またより多くの人々と交流するために進んでIT化の波を受け入れている。特にこの四半世紀、ITの急速な進歩もあって実にさまざまな分野でIT技術が利用されるようになった。EC(電子商取引)のようにITなしではできない新たなサービスも普及し、今やITがない社会や生活を想像することは難しい。しかし、私たち個人や社会は、本当に豊かになったのかと思う次第である。
FacebookやTwitterといったSNSの利用者は何十億人にも達している。確かにSNSにより手軽に多くの人々とつながることができ、情報共有やコミュニケーションの促進に貢献しているだろう。だが一方では、SNSに縛られる心理的ストレスを訴える声や、SNSで何百人とつながっていようとも孤独を感じている人々が多いという声も聞かれる。 企業のIT部門においては、ここ何十年もビジネス部門からのシステム化要求をすべて受け入れ、システム開発に没頭した結果、IT資産やアプリケーションは指数関数的に膨れ上がり、その保守と運用に多くの時間を費やさなければならない状況に陥った。状況を改善しようと多くの企業が「標準化」や「グローバル化」という号令の下で整理を試みるが、上手く進んでいる事例は多くないようだ。
より大きな懸念は、IT技術がもたらした「手軽で便利」という利点が人々の考える機会を奪っているのではないかということである。検索エンジンやQ&Aサイト、SNSを使えば特段、考えることなしにそれらしい答が得られる(読めてしまう)。特に考えることをしなくても疑問は解けるし、日々はすぎていく。いつしか考えるという習慣が失われる恐れがあるのだ。
しかし我々は今、先人の知恵の上で生きており、だとすれば我々の未来を創るのは我々の知恵に他ならない。つまり将来のよりよい生活、人生、社会の実現のために、人は考え続けなければならない。これは子供や孫たちの世代に向けた我々の責務である。ITはそれを促進するために活用すべきであり、考える機会を奪うものであってはならない。私は、考えることは能力だと思っている。いろいろな機会を通してその能力を磨いていかなければならない。機会が減れば、間違いなくこの能力は低下するだろう。
いま私は考える。やみくもにITを使って「便利と効率化」を達成しようとする試み(幻想?)は、大きく見直さなければならない転換期に来ているのではないか?考えること、人と人が繋がることの大切さ、難しさ、素晴らしさを教えてくれるITサービスへの転換である。1つの提案として、行き過ぎたITサービスを少し減らし、あえて不便になることを受け入れてみてはどうだろう?企業でも個人でも、ITに頼らずに日々を過ごす「IT断捨離」を実践するといいかも知れない。
不便であるがゆえに、それが考える機会や人と深くつながる必要性をもたらす。ITの世界にいる我々であれば、真にITシステム化すべき事柄とすべきでない事柄が見分けられるはずだ。本当に大切なことは、人類の進歩および繁栄をもたらすためにITは進化させるべきであり、私はそれを忘れぬよう肝に銘じて、一生懸命に考えながら、今後さまざまな案件に取り組んでいきたい。
ノバルティス ファーマ
情報システム事業部 ITコーポレートサービス部 部長
岩本直樹氏
※CIO賢人倶楽部が2017年10月1日に掲載した内容を転載しています。
CIO賢人倶楽部について
大手企業のCIOが参加するコミュニティ。IT投資の考え方やCEOを初めとするステークホルダーとのコミュニケーションのあり方、情報システム戦略、ITスタッフの育成、ベンダーリレーションなどを本音ベースで議論している。
経営コンサルティング会社のKPMGコンサルティングが運営・事務局を務める。一部上場企業を中心とした300社以上の顧客を擁する同社は、グローバル経営管理、コストマネジメント、成長戦略、業務改革、ITマネジメントなど600件以上のプロジェクト実績を有している。
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