[技術解説]
老舗ミシンメーカーの『縫い』へのこだわりを形にした「楯縫(たてぬい)プロジェクト」─JUKI松江
2023年1月26日(木)Ruby bizグランプリ実行委員会
日本発のオープンソースのプログラミング言語「Ruby」と、その開発フレームワーク「Ruby on Rails」。これらを用いて開発されたアプリケーションやサービスは数多あるが、その中から、特にすぐれたものを表彰するのが年次アワードプログラム「Ruby bizグランプリ」だ。本稿ではRuby biz Grand prix 2022の大賞に選ばれた2つのサービスのうち、「楯縫(たてぬい)プロジェクト『mruby/cで実装されたミシンの補助装置』」(開発:JUKI松江)を紹介する。
Rubyのすぐれたビジネス事例を表彰するアワード
Rubyは、生産性を高めるフレームワークRuby on Railsと共に、世界の多くの開発現場で使われているオープンソースのプログラミング言語である。その普及を促進するために2015年に始まったのが「Ruby bizグランプリ」という年次アワードプログラムだ。Rubyの開発者まつもとゆきひろ氏の活動拠点である島根県が中心になって組織したRuby bizグランプリ実行委員会が主催し、グランプリの審査委員長をまつもと氏自身が務めている。
アワード名のとおり、Rubyを使って開発されたビジネス用途のシステムやサービスの中から、新規性、独創性、市場性、将来性に富み、今後継続的に発展が期待できる事例を表彰する。前回のRuby bizグランプリ2021では、ヤマップが開発した登山地図GPSアプリ「YAMAP」(関連記事:人と山をつなぐ、ハートフルな登山地図GPSアプリ「YAMAP」─ヤマップ)と、HIKKYが開発したVRイベントプラットフォーム「バーチャルマーケット」(関連記事:世界最大規模のメタバース/VRイベント「バーチャルマーケット」─HIKKY)が大賞を受賞している(関連記事:2018~2022年のRuby bizグランプリ大賞を紹介した記事)。
Ruby bizグランプリ2022大賞
mruby/cで実装された工場用ミシンの補助装置
開発概要:カスタマイズやオーダーメイドミシンの動作を最適化するチューニング
開発企業:JUKI松江 https://www.juki-mt.co.jp/
利用技術:
・開発言語:mruby/c、C、Verilog-HDL
・デバッグツール:Ruby、Visual Studio Express C++
・電子回路シミュレータ:LTspice
・電子回路設計CAD:KiCad
・設計ツール:PSoC Creator
ニーズおよび解決したかったこと:
・工業用ミシンのカスタマイズの仕組みによる、顧客の要望・ニーズへの迅速な対応
・マイコンボードの自社開発による小型化、低コスト化、高機能化
Rubyおよびmruby/c採用理由:
・プログラム開発の生産性向上
・製造業のものづくり、機械・電気エンジニアによるIT開発への参加
Rubyおよびmruby/c採用効果:mruby/cによる容易なプログラミング
審査委員長 まつもとゆきひろ氏コメント:ニッチな分野ではあるが、デバイス関連でのRubyの可能性を感じさせる。島根県の製造業でRubyが使われていることも評価した。
●もう1つのRuby bizグランプリ2022大賞の記事はこちら
関連記事:アナログ業務が多く残る国際物流の現場をデジタル化するプラットフォーム「Shippio」─Shippio
創業100年、カスタムミシンも手がける松江の老舗メーカー
JUKI松江は1923(大正12)年、島根県松江市で中島ミシン製作所として創業、2023年に100周年を迎える老舗ミシンメーカーだ。長い歴史の中で、1944年に中島製作所、2006年に現社名に変更し今に至っている。
設立当初はミシンの部品を製造していたが、現在では工業ミシンで世界の30%のシェアを持つJUKIのグループ企業として、開発から機械加工、塗装、梱包出荷まで一貫して行っている。加えて、ミシンを使って事業を営む企業の製造ラインの自動化に関する支援なども行っている。
ミシンは大きく家庭用ミシンと工業用ミシンに分かれ、さらに工業用ミシンはアパレル用とノンアパレル用に分かれる。JUKI松江では、アパレル向け16種類、ノンアパレル向け86種類のミシンを製造している。ノンアパレル向けミシンで縫う物として、例えば、車のシート、ソファーなどの家具類、さまざまな厚みの布に加え、皮革製品やプラスチックなど多岐にわたる(写真1)。
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それぞれの用途に最適化された専用のミシンがあるが、標準機能だけでは対応しきれないケースもある。同社では、そうした要求に答えるべく、データを取得する装置を開発してミシンに取りつけるなど、用途・ニーズに合わせたカスタマイズやオーダーメイドミシンの製造も手がけている。
このような「カタログにはないオーダー」を担うのが、特注事業を中心としたミシン関連新規事業「楯縫(たてぬい)プロジェクト」である。グループ事業カンパニー開発部 松江開発分室の土江正人氏(写真2)は、プロジェクト名の由来を次のように説明する。
「楯縫とは、出雲地方に風土記の時代からある楯縫郡から来ています。風土記によれば、楯縫という地名は神事の道具として楯を作り始めたことに因んでおり、我々はその子孫にあたります。実際には松江は楯縫郡から少し離れていますが、楯縫地方の『縫い』を仕事にしていた人たちの子孫が、この地で『縫い』に関係のあるミシンを作っている。そんな思いで、楯縫プロジェクトとして特注ミシンに臨んでいます」
「縫えたんじゃない、縫ったんだ!」─楯縫プロジェクトへの思い
ミシンの製造では、ユーザーが求める「縫い」に応じた合わせ込み(キャリブレーション)が必須となる。従来は経験則に基づいた設計・調整を行うことが多く、試行錯誤に多大な時間を費やしていた。
楯縫プロジェクトでは、「縫い」に対しての独自のロジックを持ち、それに基づいてミシンを創り上げている。このロジックが短時間で結果を出せていることにつながっているという。楯縫プロジェクトを立ち上げた同社の熟練エンジニアである門脇課長は、ロジックに基づいた同社製ミシンの使用体験を、『縫えたんじゃない、縫ったんだ!』と表現している。
「楯縫の子孫が挑戦する『縫い』、風土記の時代から受け継がれた『物づくり』、縫製の生産性向上による社会貢献の3つを当社は掲げています。我々の技術を駆使して、お客様の要望どおりの「縫い」を可能にするミシンを作るという思いが込められています」(土江氏)
●Next:ミシンの細やかな制御最適化の仕組みをmruby/cで開発
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