「CIO賢人倶楽部」は、企業における情報システムの取り組みの重要性に鑑みて、CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)同士の意見交換や知見を共有し相互に支援しているコミュニティです。IT Leadersは、その趣旨に賛同し、オブザーバーとして参加しています。同倶楽部のメンバーによるリレーコラムの転載許可をいただきました。順次、ご紹介していきます。今回は、元JTB情報システム代表取締役社長・野々垣典男氏のオピニオンです。
現在57歳の筆者は、昨年6月にJTB情報システムの役員を退任。現在は慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の修士課程で学生として学んでいます。なぜ経営者から学生に?とよく聞かれます。その理由と1年間に得た知見をお伝えしましょう。
まず略歴を書きますと、大学を卒業して日本交通公社(現JTB)に入社し、6年半の支店勤務、7年半の本社経営企画部門勤務を経た後、情報システム部門やシステム子会社で20年間勤務しました。ご多分に漏れず様々なシステムトラブルを経験し、ご存じの方もいると思いますが、中には訴訟に発展したケースもあります。開発メンバーは長時間労働で一生懸命頑張りましたが、やはり失敗するプロジェクトはありました。いったい、何が間違っていたのか──そのことが頭から離れませんでした。
そもそもシステム開発の成功率は30%程度と言われ、アメリカでの調査では大規模システム開発の半数は中止に追い込まれています。なぜ上手くいかないのか、成功率を高めるにはどうすればよいのかを知りたい。これが私の問題定義であり、自分自身で学ぶことを決めました。そして今の研究科を見つけ出し、仕事を辞めた次第です。次にこの1年間で学んだことからシステム開発の課題を振り返り、発注者であるユーザー企業の成功ポイントと受注者であるベンダーの成功ポイントの2つに分けて意見を述べます。
まずユーザー企業の成功ポイントです。大企業を中心に、すでに多くの業務範囲がシステム化されており、昨今の案件の多くは再構築プロジェクトです。そこにはユーザー部門が「現行システムのここを直したい、あとは現行システムどおりでよい」と言いがちであるという特徴があります。「現行システムどおり」は要求工学を満足しておらず、当然ですが、具体的な要求群として現行システムを定義する必要があります。
しかし残念ながら利用部門は要求を定義できません。それを補っているのがユーザー企業のシステム部門、システム子会社あるいはベンダーです。結局のところ、利用部門は直したいところを伝えて、あとは丸投げになるケースを数多く見てきました。一方で技術力は無くても、利用部門をリードしてグリップを握り、前のめりにプロジェクトに参画してくれる人材がいるプロジェクトは紆余曲折があるものの、良い方向に進んでいきます。
以上のとおり、ユーザー企業の成功ポイントは、
- 必要十分な要求を定義する
- 丸投げせず積極的にプロジェクトに関与する
に集約されます。
次にベンダーのそれはどうでしょう? 以前はプロジェクトマネジメント(PM)が不十分で失敗に至るケースが多かったのですが、PMは相当程度、浸透してきています。では課題はなにかというと要求事項の共有化です。日本では多くの場合、発注者である企業のシステム部門、あるいはシステム子会社のみで開発(いわゆる「内作」)することはできず、ベンダーに依託します。それで済めばいいのですが、ベンダーも自社の要員だけでは開発できないため、下請けに外注します。さらに孫請けに外注されることもあります。いわゆる「多重下請け構造」です。国をまたがって、一部の工程を海外ベンダーがオフショア開発するケースもあります。
そのようなケースも含めて、関係者間で要求事項を正しく共有できているかが課題です。そもそも日本語はハイコンテクストな言語であり、言葉通り受け取るのではなく、行間を読む必要があります。日常会話はともかく、そのままではシステム開発では成り立ちません。誰が読んでも(見ても)理解が同じになるように仕様を伝達し共有する手法が必要になるゆえんです。
それを目指したものがモデリング言語です。UMLが有名ですが、SysML(Systems Modeling Language)もあります。目線を転じると、モノづくりの世界では「システムズエンジニアリング」の考え方が導入され、軍事、宇宙、医療の分野では主流になっています。1990年代のアメリカの宇宙開発では失敗が続きましたが、NASAがシステムズエンジニアリングを本格導入してからは成功率を高めています。
こうした考察から得られるベンダーの成功ポイントは、
- 開発対象をモデリングする(可視化する)
- システムズエンジニアリングを導入する
に集約されます。
ここで挙げたポイントは必要条件であって、十分条件ではありません。しかしシステム開発の成功率が未だに低く、また多額の損害賠償を請求するシステム訴訟が後を絶たないことを考慮すると、筆者はこれらの実践が絶対に必要であると考えています。システム開発の成功率を高め、システム紛争のない世の中を目指して、これからも活動していきます。
元 JTB情報システム 代表取締役社長
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程在籍
野々垣 典男氏
※CIO賢人倶楽部が2018年3月1日に掲載した内容を転載しています。
CIO賢人倶楽部について
大手企業のCIOが参加するコミュニティ。IT投資の考え方やCEOをはじめとするステークホルダーとのコミュニケーションのあり方、情報システム戦略、ITスタッフの育成、ベンダーリレーションなどを本音ベースで議論している。経営コンサルティング会社のKPMGコンサルティングが運営・事務局を務める。
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慶応義塾大学 / JTB / ベンダーマネジメント