[ザ・プロジェクト]

バックキャスティング経営で拓く“10年後の当たり前”─SREホールディングス

経産省・東証 DX銘柄「DXグランプリ」企業が先駆をなすために実践していること

2021年10月8日(金)奥平 等(ITジャーナリスト/コンセプト・プランナー)

2014年に前身のソニー不動産として設立以来、独創的な事業戦略で成長を続けるSREホールディングス。同社は、AIやデータドリブンをキーに不動産テック(PropTech/ReTech)やFinTechに挑み、不動産業界にとどまらず広範をカバーするビジネスプラットフォーマーへと変貌を遂げている。その取り組みは、経済産業省と東京証券取引所が実施する「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)2021」においても高く評価され、初登場で「DXグランプリ2021」選定という快挙を成し遂げた。本稿では、SREホールディングスの軌跡と成果を確認しつつ、不動産テックの先駆者としての数々の取り組み、そして、“10年後の当たり前を見据えたこの先の戦略に迫ってみたい。

“10年後の当たり前”を追求し、不動産業界に破壊的イノベーションを

 ソニーグループで不動産事業を営むSREホールディングス。2014年4月にソニー不動産として設立。2019年6月に現社名に変更。現在の売上高は73億3962万6000円(2021年3月期)。設立から7年、IT/デジタルを駆使する「不動産テック」の雄である。

 成長の源に、「A DECADE AHEAD─今の先鋭が10年後の当たり前を造る─」のスローガンがある(画面1)。このスローガンの下、業界に「破壊的イノベーション(Disruptive Innovation)」を巻き起こす企業として成長を続けている。

画面1:SREホールディングスのWebサイト
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 デジタル時代のキーワードの1つとして、破壊的イノベーションが言及されるようになって久しい。元来は米ハーバードビジネススクール教授のクレイトン・クリステンセン(Clayton M. Christensen)氏が『イノベーションのジレンマ』において論じた現象である。改めて示すと、技術には顧客体験向上のために既存製品を高性能・高機能化する「持続的技術」と、低価格・小型・シンプルといった特徴に立脚し、既存製品を駆逐する「破壊的技術」の2つがあり、後者によって新しいプレーヤーが出現し、既存市場を席巻する可能性を含めて、その選択のジレンマを説いたものである。

 破壊的イノベーションは、主として低価格かつ使い勝手のよい革新的な製品・サービスの投入によるイノベーションモデルを指す場合が多い。このモデルは、既存市場でローエンド層の獲得を広げ、イノベージョンが当たり前のものに変わり、ミドル、ハイエンド層でもシェアを浸透させていくことから「ローエンド型破壊的イノベーション」と位置づけられている。

 では、SREホールディングスが実践してきた破壊的イノベーションはどうだろうか。同社がDXの推進で生み出したイノベーションモデルを見るに、圧倒的な技術革新により生み出された製品・サービスで新しい市場を創出する「新市場型破壊的イノベーション」と位置づけることができる。そのことは、今回の「DXグランプリ2021」の選定において審査員が挙げた次の評価コメントにも表れている。

「DXそのものの意味を問うたときに、破壊的ビジネスモデルとも言うべき、日本になかった商習慣を打ち出している」
「経営ビジョンにおけるDXの位置づけが明確で、組織・人事・レガシーシステム対応も整合性が高く、実現能力の主要要素に対して、網羅的に対応している」
「AIなどのデジタル技術を積極的に活用し、『脱不動産』への布石として、多角化ビジネスをDXによって推進している」

 もちろん、そのイノベーションモデルは決して一朝一夕で築かれたわけではない。「10年後の当たり前」の創出に向けて、自社での活用を重ねて磨き上げた独自性のきわめて高いものである。では、SREホールディングスは具体的にどのようなプロセスを経て、独自のDXを推進・加速していったのか。まずは、その軌跡から探っていくことにする。


●Column●
経産省・東証「DX銘柄2021」「DXグランプリ」について

 経済産業省と東京証券取引所が、中長期的な企業価値の向上や競争力の強化を目的に、日本企業の戦略的IT活用の促進に向けた取り組みの一環として、2015年より5回にわたって共同で実施してきたプログラム「攻めのIT経営銘柄」を、2020年度よりDXの実践にフォーカスして「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)」に改定した。
 2020年度は、過去最多となる533社のエントリーから「DX銘柄2020」選定企業35社と「DX注目企業2020」21社が選定された。DX銘柄2020のうち、「デジタル時代を先導する企業」としてトラスコ中山と小松製作所の2社が「DXグランプリ2020」に選定された(関連記事ポストコロナに向け、DXを先導するユーザーの着眼点は─「DX銘柄2020」選定企業の顔ぶれ“究極の問屋”を目指してデータドリブンに舵を切る─トラスコ中山の独創経営建機革命から20年、“未来の現場”に向けたコマツのDX/オープンイノベーション)。
 2021年度は、「DX銘柄2021」28社、「DX注目企業」20社を選定。DX銘柄2021の頂点である「DXグランプリ2021」には本稿のSREホールディングスと日立製作所が選定された。加えて、コロナ対策にすぐれた取り組みを示した「デジタル×コロナ対策企業」11社が選定されている(関連記事経産省と東証、「DX銘柄2021」28社を発表、グランプリは日立とSREホールディングス)。

リアル×テクノロジーを原動力に生まれた独自の「エージェント制」

 前述のとおり、SREホールディングスは2014年、ソニーグループにおける新規事業創出の取り組みの端緒、ソニー不動産としてスタートを切った。成熟した業界に後発で参入した理由は、不動産業界が産業別GDP比において約11%を占め、約32兆円という大きな市場規模(2016年の「経済センサス」より)を有しながらも、顧客体験などにおいて大幅な改善の余地があるという市場ポテンシャルへのインサイトに因るという。

 その価値を最大限に引き出すファーストステップとして、同社が設立以来貫いているのが、不動産売買仲介における売却と購入の担当者を完全分離する「エージェント制」である。不動産売買においては、売手・買手の双方から手数料を受け取れる「両手取引」が高効率とされていただけに、業界の常識とは一線を画するビジネスモデルであった。

 しかし、購入希望と売却希望の双方における利益や要望に論理的乖離がある以上、顧客体験の向上のポテンシャルを引き出すためには、透明性と公平性を担保することが不可欠だというスタンスを堅持してエージェント制を推進。その成果もあって、現在、GMOリサーチの不動産仲介ビジネス調査において、SRE不動産は成約価格の納得度、信頼度・安心感、サービスの先進性の3部門で1位を獲得するに至っている。

 このエージェント制の成功は、「リアル×テクノロジー」の戦略と実践によるものだ。2015年7月にヤフー(現Zホールディングス)と中古住宅流通での業務提携を発表する一方で、同年10月にAIを活用した「不動産価格推定エンジン」を開発している。そして、2018年10月には子会社のSRE AI Partnersを設立し、自らのリアルビジネス(不動産事業)で蓄積した知見・ノウハウ・データを生かしたクラウドサービスの外販をスタート。これを契機にビジネスモデル変革を加速させるべく、2019年6月に現社名に変更。2019年12月に東証マザーズ上場、2020年12月には東証一部への市場変更を果たしている。

 エージェント制のアドバンテージを最大限に引き出すためには、当然ながら顧客リレーションの中で深い信頼、エンゲージメントを築くことが条件となる。そのための手段として同社は、ソニーグループの研究開発に裏づけられたディープラーニング(深層学習)技術に、現場が有する不動産分野の知見・ノウハウを付加して、その成果を現場の業務の中で研磨していった。つまり、リアル×テクノロジーを経営戦略の核として位置づけたうえでの実践である。

 同社とってはDXビジョンとも言えるリアル×テクノロジーだが、一般には、容易にはなしえないハードルがある。部門最適された世界では、リアル(現業)で収集されるデータが分散されており、連携・統合できないという壁にぶつかるからだ。結果、そのブレークスルーに時間と労力、コストを費やすことを理由に、多くの企業がデータ統合に伴う可視化やビジネスプロセス変革に挫折したり、プライオリティを下げて後回しにしたりするケースに直面している。

アジャイル開発でリアルデータの活用基盤を構築

 そんな、難度の高いリアル×テクノロジーのテーマに、SREホールディングスは、設立当社から「リアルデータ」を活用する仕組みの構築から挑んだ。単に技術的側面におけるシステム連携のみならず、顧客体験の改善と自社そして不動産業界全体のDXという大きな目標に向けて、現場で取得すべきリアルデータを吟味し、いかに活用するかの議論を重ねて、データドリブン経営の体制を整えていった。同社執行役員・DX推進室室長 兼 AIクラウド&コンサルティング事業本部副本部長の清水孝治氏(写真1)は次のように説明する。

写真1:SREホールディングス DX推進室室長 兼 AIクラウド&コンサルティング事業本部副本部 執行役員の清水孝治氏

 「業界の後発ならではのアドバンテージもあったかもしれませんが、当社では一貫して現場・実務志向に根差したマーケットインの発想で取り組んでいます。そのためには、不動産事業の現場メンバーとエンジニアが対等な立場で議論しながら、組織横断でリアルデータを収集・蓄積にすることが前提となります。そこで、アジャイル開発を繰り返しながら、常に“アルゴリズムのアップデート”に臨み、自社のシステム群の実務有用性を磨き上げてきました」

 同時に、ソニーグループやヤフーをはじめ、先進技術を有するパートナーとの連携強化を推進(詳細は後述)。最新技術の早期適用へ向けて、積極的にPoCを実践し、具現化に挑んでいったという。「これらのプロセスを踏まえて、他の追随を許さない『10年後の当たり前』を追求・実現してきたと自負しています」(清水氏)

●Next:先進技術とバックキャスティング経営で具現化する“10年後の当たり前”

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